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エッセイの携帯小説に含まれる記事が2019件見つかりました。
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ゆにの思いつき
夢をみた。大好きな人と並んで歩いてる。何か話しているけどあまりに緊張しているせいで、自分が何を話しているのか分からない。 ただ分かるのは、相手が自分の様子を見て少し面白がっていること。からかうかのように緊張して真っ赤になっている顔を覗き込んでくる。「耳まで赤いね。」 その一言で目が覚めた。 −−心臓がうるさい。
ゆに さん作 [347] -
ひなたの憂鬱3
二歳で祖母にひきとられ、青森で育った私。祖父、祖母、伯父二人の五人家族でした。時折、東京の母親から、洋服や、おもちゃが送られてきたが、なんせ青森という田舎に、それらの洋服は子供ながらに、そぐわないなぁ…というものだった。ワンピースや、フリルのついたブラウス、いったいどこにきていくのだ?遊び場はもっぱら近くの川や田んぼなのに。もし着ていったら、友達は遊んでくれないかもしれない、と思った私が、それら
える さん作 [337] -
納豆メシの逆襲?
ちょうどその時タバコを吸いおわった僕はスーツ姿で道路わきのパーキングメーターの横に何気なく立っていたわけ。すると、タタタッと背後から駆け足の音が。僕の顔をちらっと見ると車に乗り込んだ。何気なくその車を見つめる僕。車はなかなか発車しない。車内から男が僕の様子をうかがっている。「???」男の顔に見覚えはない。しばらく見つめあう二人。そのうちあきらめた雰囲気で男が車から降りてきた。つかつかと僕のところ
ヒロ さん作 [505] -
おせち?
昔、店も冷蔵庫もなかった時代、三賀日だけ、女が台所に立たなくても良い様に、保存が効き 一品一品に意味を持ったおせち。私も、長い事、おせち等作っていない。今の時代、ご馳走って何だろう?私が子供の頃は、海老フライも、ケーキも、特別な日のメニューだった。12歳の娘は、それらをご馳走とは思っていない。母は嘆く。今の子供には、楽しみが無いと。娘達がやがて家庭を持ち、正月さえ、唯の祝日になっていたとしても、
瑠千亜 さん作 [380] -
おせち?
料理好きで店屋物嫌いの母はどんなに忙しくても、おせち料理を作らなかった年はなかった。大晦日は夜中、明け方までかけて、お重を盛りつけていた。70歳を過ぎ、ここ数年、「まあまあのお店を見付けたから。」と料理屋のおせちを注文する様になった。関東から帰省してくる、弟家族、可愛い二人の孫娘達に、地物の魚介類や好物を用意するのは、両親の楽しみである。何年か、嫁いでいる私達家族、特に娘の為にも、その高価なおせ
瑠千亜 さん作 [376] -
病んだ時代
数年前より、体調を崩し、通院生活を送っているが、一進一退であった。事情で、夏の終りに主治医を変えた。多少不安もあったが、診察後何か心が和んだ。親しみやすい医師と息のあったスタッフの人達の対応に、来院して良かったと帰路についた。次の診察日その気持ちを医師に話すと、カウンセリングを勧められ数週間後に担当の臨床心理士の方と会わせて頂いた。大学院を卒業されて間もないという若い女性。健康美溢れる容姿、ナチ
瑠千亜 さん作 [482] -
ことば?スタートレック
今週のことば? 映画、スタートレックより『最後の開拓地は、宇宙への冒険ではなく、心の中への旅なのです』
らてぃ〜の さん作 [377] -
塊
私の家は、ごく普通のありふれた家庭だと思う。幼い頃から両親は共働きで、姉が二人、私は末っ子である。そんな私は今年で20歳になった。この節目の年に、どうしても吐き出したい、20年間の少ない年月の間に自分の中に溜まり続けて一向に消化しない心の中の塊を、誰かに聞いてもらいたくなった。それは常に私の中に重たい闇として居座り続けてきたので、私は二つの人格を持っているような感覚のまま生活してきた。楽しいこと
ムーン さん作 [326] -
KYは奴、峰山(?)
「今年の笑えるニュース、ベスト3!」と、クラスで一番のお調子者で鼻つまみ者の峰山貴士が教壇に立って叫んだ。ざわついていた教室は一瞬で静まり返った。その様子を見た峰山はニヤニヤ笑いながら「じゃあ発表します。第3位は…下田の階段事故。」峰山は半年前に起きたクラスの下田の階段で転んで骨折した話をし始めた。クラスの雰囲気は静まり返ったまま、寒い空気が流れていた。(うわっ、相変わらず寒い奴…。)そんな中…
ななしー さん作 [585] -
ひなたの憂鬱2
お産を三回経験した光子だが、その子育てはすばらしいものだった。寝る間もおしんで、おっぱいをあげ、下の世話をし、毛繕いをし、少しでも動きまわると連れ戻し、常に子猫を監視し、それは期間は短いものの、人間より勝るようだ。光子の子育てをみて、自分の母親を思う…青森を中卒で、当時ほとんどの15才が上京した集団就職。19才で妊娠し、行方不明となった。祖母は自分の故郷である東京のつてをたより、何度か上京し、訪
える さん作 [476]