誘拐(前編)
午後8時過ぎ。いつも通りの帰宅時間だ。マンションの二階にある自宅のチャイムをおす。結婚前は、東京の一人暮しの部屋ではもちろん、神奈川の両親のいる実家でも、チャイムをおす習慣ってなかったな、と思うと、くすぐったいような気持ちになる。
チャイムの音がしてしばらくすると、鍵を開ける音がし、ドアの隙間から付き合って7年、結婚して1ヶ月の妻が顔を覗かせる。いつもは料理が途中なのか、おかえり、と声をかけるやいなや、くるりとキッチンに戻っていくのに、今日は神妙な顔をして僕をじっと見つめている。何かあったのか、尋ねようとしたその時、原因が判明した。
彼女の足元から茶色いものがこっちを見ているではないか。
ヤマトだ。
ヤマトは近所の電気屋が飼っている柴犬の雑種で、まだ一歳になったばかりの幼犬だ。人懐こくおとなしい犬で、僕らは引越してから、マンションと駅を往復する時は必ずヤマトのいる電気屋の前を通るようにしている。二人とも犬好きで、ヤマトは僕らのアイドルなのだ。自分の見たヤマトの様子を語り合うのは僕らの日課となっている。
そのヤマトがなぜうちの部屋にいるんだ。
「おかえりなさい。とにかく入って。」
妻が困ったように言う。ヤマトは彼女の足元にまとわりついている。
二人と一匹はリビング兼寝室に移動した。
「で、なに。どうしてヤマトがいるの。」
「やっぱこの子がヤマトってわかるよね。」
「もちろん。」
僕はヤマトの花柄の首輪に目をやった。いつもの首輪だ。足先が白く、頭の真ん中が黒っぽい茶色のむくむくした毛も、愛嬌のある顔も、間違いなくヤマトだ。
「ついてきちゃった。」
ばつが悪そうに妻が言った。
「勝手に?」
「うん。ヤマトにきいたのよ。一緒に来るかって。鎖外したらついてきたの。」
「ヤマトにきいたってだめだよ。それは、ついてきたんじゃなくて、連れてきたって言うんだ。」
当のヤマトは、妻に寄り添うようにして丸まって寝てしまっている。
「とにかく、明日電気屋さんに謝って返しにいこう。」
「どうしても?」
「当然。大体このマンションはペット禁止なんだよ。見つかったら、最悪でなくちゃいけなくなるよ。それにヤマトだって、すぐに住み慣れた所に帰りたくなるよ。電気屋さんのご夫婦だって、今頃すごく心配してるよ。君のやったことは犯罪なんだよ。」
チャイムの音がしてしばらくすると、鍵を開ける音がし、ドアの隙間から付き合って7年、結婚して1ヶ月の妻が顔を覗かせる。いつもは料理が途中なのか、おかえり、と声をかけるやいなや、くるりとキッチンに戻っていくのに、今日は神妙な顔をして僕をじっと見つめている。何かあったのか、尋ねようとしたその時、原因が判明した。
彼女の足元から茶色いものがこっちを見ているではないか。
ヤマトだ。
ヤマトは近所の電気屋が飼っている柴犬の雑種で、まだ一歳になったばかりの幼犬だ。人懐こくおとなしい犬で、僕らは引越してから、マンションと駅を往復する時は必ずヤマトのいる電気屋の前を通るようにしている。二人とも犬好きで、ヤマトは僕らのアイドルなのだ。自分の見たヤマトの様子を語り合うのは僕らの日課となっている。
そのヤマトがなぜうちの部屋にいるんだ。
「おかえりなさい。とにかく入って。」
妻が困ったように言う。ヤマトは彼女の足元にまとわりついている。
二人と一匹はリビング兼寝室に移動した。
「で、なに。どうしてヤマトがいるの。」
「やっぱこの子がヤマトってわかるよね。」
「もちろん。」
僕はヤマトの花柄の首輪に目をやった。いつもの首輪だ。足先が白く、頭の真ん中が黒っぽい茶色のむくむくした毛も、愛嬌のある顔も、間違いなくヤマトだ。
「ついてきちゃった。」
ばつが悪そうに妻が言った。
「勝手に?」
「うん。ヤマトにきいたのよ。一緒に来るかって。鎖外したらついてきたの。」
「ヤマトにきいたってだめだよ。それは、ついてきたんじゃなくて、連れてきたって言うんだ。」
当のヤマトは、妻に寄り添うようにして丸まって寝てしまっている。
「とにかく、明日電気屋さんに謝って返しにいこう。」
「どうしても?」
「当然。大体このマンションはペット禁止なんだよ。見つかったら、最悪でなくちゃいけなくなるよ。それにヤマトだって、すぐに住み慣れた所に帰りたくなるよ。電気屋さんのご夫婦だって、今頃すごく心配してるよ。君のやったことは犯罪なんだよ。」
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