モーメント
目的は一つだけだった。
あの人を刺して、血を飲むだけ。
あなたは私のことを頭がおかしいと思うだろう。
だけど良く考えればそれは一つの、高尚とも呼べる愛情の形だということに気がつけるはずだ。
愛することの目的はただ一つだけ、その人と一つになることなのだから。
雨の多い季節に、その人は私の家の近くに越してきた。 最近できたアパートで、二階建ての小さくて小綺麗な家。 快活に笑うその人にとても似合っている。
彼を初めて見たのは、日課となってる公園までの散歩をしていたときだ。
久しぶりに太陽が笑顔を見せたおかげで、私はいつになく陽気な気持ちになり、口笛を吹けもしないのに唇を尖らせてヒュー♪と音を鳴らしたりしていた。 新築の匂いがするアパートの前を通り過ぎようとした時、その茶色のドアがガチャッと開いた。そこから出て来たのは真っ白な学生服をきた、背の高い男の子だった。
その男の子は一度空を見上げ、嬉しそうに目を細め、「行ってきまーす」と玄関の中に向かって声をかけた。
私はその姿がとても気に入った、が、気に入っただけだった。いけなかったのはその後だ。
彼は前を歩いている私をゆっくりと追い抜いた。
その時、彼の匂いを嗅いだ。心の底を締めつける香り。野性の感覚を奮い立たせる香り。
私は、それだけでもう、ダメだった。 その瞬間から2ヶ月間、その香りのことだけが頭の中を支配している。
理性なんて役に立たない、寝ても覚めてもあの人が頭から離れない。世界は雨音と共に崩れていった。
そして私は今日決心した。これからの人生計画も、これまで築き上げた人格も、この一瞬のために棒を振る。
優しく、穏やかな人と生涯を共にしよういう夢など、八つ裂きにして燃やしてしまおう。
彼と一つになれるのなら、他に望むものなどない。
部屋の中は真っ暗だ。彼はいま、私の前で寝息をたてている。息苦しくて、体中の神経が過敏になってるように感じる。物音も、気配も殺さなくてならない。 一ミリずつ、距離を縮める。 私は何故か笑いたくて仕方がなかった。笑いが込み上げて、ついに喉の奥から音になって出た時、彼の喉を刺した。
音もなく、彼の血液は私の喉を通り抜ける。
何という甘美だろう。世界も、体の中も赤く染まっていく。愛するものの命の味。至福を知る時。 次の瞬間、私は潰れていた。
あの人を刺して、血を飲むだけ。
あなたは私のことを頭がおかしいと思うだろう。
だけど良く考えればそれは一つの、高尚とも呼べる愛情の形だということに気がつけるはずだ。
愛することの目的はただ一つだけ、その人と一つになることなのだから。
雨の多い季節に、その人は私の家の近くに越してきた。 最近できたアパートで、二階建ての小さくて小綺麗な家。 快活に笑うその人にとても似合っている。
彼を初めて見たのは、日課となってる公園までの散歩をしていたときだ。
久しぶりに太陽が笑顔を見せたおかげで、私はいつになく陽気な気持ちになり、口笛を吹けもしないのに唇を尖らせてヒュー♪と音を鳴らしたりしていた。 新築の匂いがするアパートの前を通り過ぎようとした時、その茶色のドアがガチャッと開いた。そこから出て来たのは真っ白な学生服をきた、背の高い男の子だった。
その男の子は一度空を見上げ、嬉しそうに目を細め、「行ってきまーす」と玄関の中に向かって声をかけた。
私はその姿がとても気に入った、が、気に入っただけだった。いけなかったのはその後だ。
彼は前を歩いている私をゆっくりと追い抜いた。
その時、彼の匂いを嗅いだ。心の底を締めつける香り。野性の感覚を奮い立たせる香り。
私は、それだけでもう、ダメだった。 その瞬間から2ヶ月間、その香りのことだけが頭の中を支配している。
理性なんて役に立たない、寝ても覚めてもあの人が頭から離れない。世界は雨音と共に崩れていった。
そして私は今日決心した。これからの人生計画も、これまで築き上げた人格も、この一瞬のために棒を振る。
優しく、穏やかな人と生涯を共にしよういう夢など、八つ裂きにして燃やしてしまおう。
彼と一つになれるのなら、他に望むものなどない。
部屋の中は真っ暗だ。彼はいま、私の前で寝息をたてている。息苦しくて、体中の神経が過敏になってるように感じる。物音も、気配も殺さなくてならない。 一ミリずつ、距離を縮める。 私は何故か笑いたくて仕方がなかった。笑いが込み上げて、ついに喉の奥から音になって出た時、彼の喉を刺した。
音もなく、彼の血液は私の喉を通り抜ける。
何という甘美だろう。世界も、体の中も赤く染まっていく。愛するものの命の味。至福を知る時。 次の瞬間、私は潰れていた。
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