まだ一人じゃ生きて行けないから
僕の家族は、父ちゃんと母ちゃんと妹、そして僕、の4人家族…のはずだった。
妹は毎年、誕生日・Xmasには何でも好きなもの買ってもらえてて、
逆に、僕はプレゼントなんて、もらった事がない。
本当は妹が、うらやましかったし、オモチャが欲しくて欲しくてたまらなかったけど、父ちゃん母ちゃんに嫌われなかったし、妹も僕も同じ4月生まれだから、僕が我慢すれば、その分、妹がいっぱい好きなもの買ってもらえるんだって思うと、なんとか我慢できた。
我慢できなかったのは、毎日の様に酔っ払った父ちゃんに意味もなく殴られ、母ちゃんも、それを止めずに、泣いている僕を「うるさい」って叱る事だった。
父ちゃんも母ちゃんも僕が嫌いなんだなあ…。
本当に毎日、声が漏れない様に布団の中で泣いていた。
もっともっとお利口さんにしなきゃ…もっともっと怒られない様にしなきゃって…
でも、僕のどこが悪いのか分からなかったし、父ちゃん母ちゃんに、どうしたら妹みたいに可愛がられるのかが、全く分からないまま…。
そして僕が全てを失う日がやって来た。
その日は遠足の前の日で、僕は勇気を出して、父ちゃんに言った。
「いっつも遠足にオヤツ持っていかないの僕だけなんだ…、買ってくれない?」って。
そしたら、父ちゃん、凄い怖い顔で僕を殴りながら
「このガキ!面倒見てやってるだけで、ありがたいと思え!おめぇは、うちの子じゃねぇんだよ!」って
さすがに母ちゃんは止めに入って、
僕を子供部屋に連れて行き、何か話そうとしていたが、
先に僕がしゃべった。(小学校3年生だったが、一瞬で全てを理解したからだ)
「そうかなって、思ってたよ…ずっとずっと前から、いつか言われるって分かってたから平気」って。
母ちゃんは涙を見せながら、教えてくれた
僕が違うの母ちゃんの連れ子で、その母ちゃんは、病気でもう死んでだこと…
要するに家族誰とも血がつながってなかった。
なぜか泣かなかった。
小学校3年生の秋の遠足の日の朝、僕は父ちゃんと母ちゃんに
「おじさん、おばさん、僕が働ける様になるまで、ここにおいて下さい」って言って学校に行った。
玄関出たとたんに涙があふれでた…。
今から23年前の僕の実話だ…
妹は毎年、誕生日・Xmasには何でも好きなもの買ってもらえてて、
逆に、僕はプレゼントなんて、もらった事がない。
本当は妹が、うらやましかったし、オモチャが欲しくて欲しくてたまらなかったけど、父ちゃん母ちゃんに嫌われなかったし、妹も僕も同じ4月生まれだから、僕が我慢すれば、その分、妹がいっぱい好きなもの買ってもらえるんだって思うと、なんとか我慢できた。
我慢できなかったのは、毎日の様に酔っ払った父ちゃんに意味もなく殴られ、母ちゃんも、それを止めずに、泣いている僕を「うるさい」って叱る事だった。
父ちゃんも母ちゃんも僕が嫌いなんだなあ…。
本当に毎日、声が漏れない様に布団の中で泣いていた。
もっともっとお利口さんにしなきゃ…もっともっと怒られない様にしなきゃって…
でも、僕のどこが悪いのか分からなかったし、父ちゃん母ちゃんに、どうしたら妹みたいに可愛がられるのかが、全く分からないまま…。
そして僕が全てを失う日がやって来た。
その日は遠足の前の日で、僕は勇気を出して、父ちゃんに言った。
「いっつも遠足にオヤツ持っていかないの僕だけなんだ…、買ってくれない?」って。
そしたら、父ちゃん、凄い怖い顔で僕を殴りながら
「このガキ!面倒見てやってるだけで、ありがたいと思え!おめぇは、うちの子じゃねぇんだよ!」って
さすがに母ちゃんは止めに入って、
僕を子供部屋に連れて行き、何か話そうとしていたが、
先に僕がしゃべった。(小学校3年生だったが、一瞬で全てを理解したからだ)
「そうかなって、思ってたよ…ずっとずっと前から、いつか言われるって分かってたから平気」って。
母ちゃんは涙を見せながら、教えてくれた
僕が違うの母ちゃんの連れ子で、その母ちゃんは、病気でもう死んでだこと…
要するに家族誰とも血がつながってなかった。
なぜか泣かなかった。
小学校3年生の秋の遠足の日の朝、僕は父ちゃんと母ちゃんに
「おじさん、おばさん、僕が働ける様になるまで、ここにおいて下さい」って言って学校に行った。
玄関出たとたんに涙があふれでた…。
今から23年前の僕の実話だ…
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