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神の領域〜第一章〜

[643]  UT  2007-08-04投稿
あれから10年…妻子の墓標の前でボクシングから離れ、普通の会社員として生きた時間を振り返る…営業として実績を出し昨年には役職も付いた。しかし、気持ちの上でリングで味わったような高揚感や達成感を得る事は一度もなかった…「あなたっていつも冷めてるよね。」幾度かの恋愛を重ねるも、いつも彼女からの別れの言葉は同じ…妻と子を同時に失い、プロとしてリングに上がる事を避け続けた日々。トレーナーからは「自分を取り戻さなくていいのか。練習を続けるって事は未練はあるんだろ。10年前の事はおまえに何の責任はない。」と復帰を促される。自分を取り戻す…年齢的には最後のチャンスだろう。しかし、これだけの長いブランクを持ち、かつてのように闘えるのだろうか…やる前から消極的なのも自分を抑えこんでる証拠なのか…「紗耶香、俺はどうすればいいんだ。」亡き妻に何度目かの問い掛けをする。
「悩んでるそうだな…」
突然背後から声をかけられ、知らない間に夕暮れが近づいてる事に初めて気付く。「おやっさん…」ボクジングの師であり、義父にあたる中山賢吾が悲しげな眼差しで俺の横で手を合わせる。しばらくの黙祷の後、おやっさんは呟く「そろそろ自分を解き放て。あの時、二人の最後に立ち会えなかったのは紗耶香の意思でもあったんだ。おまえがリングで闘うのと同じように、あの子達も自分の闘いに挑んだ。結果はどうあれ、そんな二人が今のおまえを見たら悲しむぞ…。」
…確かにそうかも知れない。病弱な体で出産に挑み、母子共に命を落とした二人。それを看取れず試合に挑んだ自分。俺はこの10年、自分への言い訳を続けてきただけかもしれない…。
「もう少しだけ、考えさせてください。気持ちに整理をつけたいんです。」そう呟くと、俺は墓標を後にした。

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