桜〜夜舞桜〜
『――――…。』
一人の女が目を覚ましたのは、一軒の宿屋。
障子戸を開け放ち階段を駆け降りると、女将の姿を探した。
女は昨晩、此処の二階に運ばれたことを知らされる。
故に昨晩の記憶を女は思い出す。
…確かに、己は追われていた。それも数人、集団に、だ。
けれど女の体に、傷は一つもない。
女将は言った。
『若い、背の高い男だったよ。アンタを抱えてきたのは。』
しかし女には、“背の高い男”以前に、この地に己の知るものはいない。
女は、つい去る月に西の方から上京してきた者であり、東に縁のある者はいないのだ。
『…アンタ、何したんだい?小袖の袖口、血でベットリだったんだよ。……あと、これ。』
女に差し出された物は短刀。それは脇指の大きさに近い、女が持つには相応しくない色を放つ。
そして綺麗に畳まれた、小袖と紅蓮色の袴。
『!……洗ってくれたの…』
『ええ。お代はいらないよ。あの男が置いていったからねぇ。』
『!…宿代も?…どちらの方――…。』
『よく見ない顔だったからわからないね。金だけ置いてさっさと出て行かれたよ。』
『…………。』
女は短刀を握る。
身体に異常がないことを確認すると、小袖と袴を纏った。
女将を横目に、女は口を開く。
『…この地に、佐伯昌仁という者がいると聞いて私はこちらにきた、…知らないか?』
女将は眉を捻り暫く考え込むが首を横に振る。
女は『そう。』とだけ頷いてその場を立ち上がった。
短刀を、袖の奥へと仕舞う。そうして障子戸に手を掛け女将に小さく礼を呟いた。
女は宿屋から出る。
まだ、朝の光。眩しさで目は、地へと落ちる。
暖かい風。冬の薫りを帯びる冷たい空気はもう感じられない。
何やら先行く道は賑わしい。
点々とずっと先まで見える色鮮やかな提灯の横には、並ぶように桜の木々が立つ。
風が吹く度舞踊る。花びらたちの宴―――…。
『………。』
女は只呆っとその様子を眺めている。
一番大きな桜の木を前にして、足は止まった。
『……ここは―――…。』
一瞬にして記憶は蘇る。
朧なる月の下、舞広がる、桜色。それに相対するように広がる鮮血…。桃の色が頬を掠めたのが、最後の記憶――…。
『……支え、られた…?』
女は、知らずと左手を右手で掴んでいた。
何故か残る、支えられた感覚――。
記憶は、曖昧すぎた。
一人の女が目を覚ましたのは、一軒の宿屋。
障子戸を開け放ち階段を駆け降りると、女将の姿を探した。
女は昨晩、此処の二階に運ばれたことを知らされる。
故に昨晩の記憶を女は思い出す。
…確かに、己は追われていた。それも数人、集団に、だ。
けれど女の体に、傷は一つもない。
女将は言った。
『若い、背の高い男だったよ。アンタを抱えてきたのは。』
しかし女には、“背の高い男”以前に、この地に己の知るものはいない。
女は、つい去る月に西の方から上京してきた者であり、東に縁のある者はいないのだ。
『…アンタ、何したんだい?小袖の袖口、血でベットリだったんだよ。……あと、これ。』
女に差し出された物は短刀。それは脇指の大きさに近い、女が持つには相応しくない色を放つ。
そして綺麗に畳まれた、小袖と紅蓮色の袴。
『!……洗ってくれたの…』
『ええ。お代はいらないよ。あの男が置いていったからねぇ。』
『!…宿代も?…どちらの方――…。』
『よく見ない顔だったからわからないね。金だけ置いてさっさと出て行かれたよ。』
『…………。』
女は短刀を握る。
身体に異常がないことを確認すると、小袖と袴を纏った。
女将を横目に、女は口を開く。
『…この地に、佐伯昌仁という者がいると聞いて私はこちらにきた、…知らないか?』
女将は眉を捻り暫く考え込むが首を横に振る。
女は『そう。』とだけ頷いてその場を立ち上がった。
短刀を、袖の奥へと仕舞う。そうして障子戸に手を掛け女将に小さく礼を呟いた。
女は宿屋から出る。
まだ、朝の光。眩しさで目は、地へと落ちる。
暖かい風。冬の薫りを帯びる冷たい空気はもう感じられない。
何やら先行く道は賑わしい。
点々とずっと先まで見える色鮮やかな提灯の横には、並ぶように桜の木々が立つ。
風が吹く度舞踊る。花びらたちの宴―――…。
『………。』
女は只呆っとその様子を眺めている。
一番大きな桜の木を前にして、足は止まった。
『……ここは―――…。』
一瞬にして記憶は蘇る。
朧なる月の下、舞広がる、桜色。それに相対するように広がる鮮血…。桃の色が頬を掠めたのが、最後の記憶――…。
『……支え、られた…?』
女は、知らずと左手を右手で掴んでいた。
何故か残る、支えられた感覚――。
記憶は、曖昧すぎた。
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