枝と桜と。06
「澪〜!起きなさ〜い!」
静かな部屋に下から持ち上げるような声が迫って来た。澪は眉を寄せてゴロンと体を横向きにした。夢の誘いに気持ち良く手をのばす。
「起きんかい、馬鹿娘」
急に耳元で聞こえて来た声に驚き目を開けると、瞬間に額に衝撃が走った。澪は痛っ!、と再び目を閉じてしまった。
「痛っ!じゃないよ!ったく、お前は本当に朝が弱いんだから」
母親の怒声に夢現から戻って来た頭を叩く澪。おはよう、と零して起き上がった。
「顔、洗っておいで。ぐちゃぐちゃなんだから」
「もとからだよ」
「わかってればよろしい」
そう言って澪の背中をバシリと叩いて布団を畳みだした母親に礼を言って下におりた。一階では父親が新聞を読んでいた。
「おはよう、父さん」
「おはよう。ゆっくりな目覚めだな。あっちでもそうだったのか?」
「まさか。遅刻ばっかしてたら向こうに四年もいれないよ」
澪がそう言って笑うと四年か…、と零す父、未明(ミアケ)。未明はトレーナーの上で腕を組みながら空を見つめた。
「…お前、これからどうするんだ?」
未明の言葉に口を閉じる澪。言葉が出てこない。頭の中は真っ白だった。そこに母、碧(アオ)が父さん、と名前を呼んだ。
「ゴロゴロしない!少しは動かないと体が固まるわよ!」
未明は碧の言葉に身を怯め澪から目を反らした。澪は未明の横顔から目を離せなかった。
父親と同じ言葉を言われたのは、こちらに戻ってくる少し前だった。今では思い出すのも辛い過去。忘れるにも記憶が濃すぎる。
「…澪」
ふいに聞こえて来た優しい声に顔を上げると未明が腕を組んで立っていた。何?、と澪が尋ねると少しだけ困ったような顔をしながら未明は口を開いた。
「お前が今、どんな気持ちだとかはわからん。だが、そのうち前を向かなくちゃならないときが来る。絶対に、な。その時が来るまでは親を頼りなさい。…その時が来たら考えて私達から離れなさい。それが澪の為だ」
未明の言葉は温かいもので、父親らしくて。澪はわかった。ありがとう、と答えた。胸の内が温かい。苦しいくらい、温かかった。
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