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Pure-Jam完結編

[6242]  砂さらら  2004-11-28投稿
時計は深夜1時。今夜もまた寝付かれないので、ベットを抜け出し車を走らせていつものBARの扉をくぐった。
その店の名はロング・グッドバイ。マスターがアメリカのハードボイルド小説の名から付けたらしい。
カウベルがドアを開けると同時に鳴り「いらっしゃいませ」と声がした。
この店のマスターは客が来ても声を掛けない。
カウンター越しにちらと目をやり軽く肯くような会釈をするだけだ。
ネコか。と思う。マスターは不在で、案の定バーテンダーのネコが居た。本名は根古田と言うのでネコで通っている。
「遅いっすね、また眠れないんすか?」
「ああそうなんだ」
「明日も仕事でしょう?」
「だからここに来ている」
 ネコは にやっ と笑い「あ〜りがとうございます」と言うと僕のドランブイと
フェーマス・グラウスのボトルをカウンターに並べ、ロックアイスをグラスに一杯にいれ、いつものようにラスティーネイルを手際良く作り差し出す。
「眠るには酒が一番っすよ」明るくネコが言った。僕は一気に飲み干した。
「最近夢を見なくなったよ」
「よく寝てる証拠ですよ」相変わらずネコは明るく答える。
 この男はいつも陽気だ。まるで苦労なんか一度もしたことがないみたいに。
「やれやれ」僕は苦笑いをした。
 今夜も長い夜になりそうだ。
酒を飲みながら僕はネコに聞いた。「お前さ、夢は見る?」
「うーん。見るんっすけどすぐ忘れちゃうんですよねー。普通そうじゃないっすか?」
「俺は何時からかわからないけど、確実に夢を見ないんだ」
「だから深く良く寝てるだけですって。気にし過ぎなんだからヨージさんは。絶対そう」
「そうなのかな」
 空になったグラスに今度は自分で酒を注いで、2杯目のラスティーネイルを作る。
「さあ、今日は相手して下さいよぉ。他に客もいないし」
 ビリヤードのキューを手にしている。
 僕はゆっくりとカウンターを降りてキューを取る。
ネコがラックを組む間にグラス半分だけ酒を飲む。
「さあ行きましょうか」
ネコがブレイクショットを決める。お互い腕は良くない。はっきり言って下手だ。
 殆ど交互に玉を突きながら「なあネコは彼女いたよな?」
「俺っすか?いないっすよ」
「俺、我侭だから女とは合わないっすね」ネコが5番をポケットイン。
「そうか」「まだ23だよな?」僕が訊ねる。
「そうっす」
「若いな」
「まあね」
 6番7番とネコがポケットする。
「いい男なのにもったいないな」僕は少しからかう。
「ヨージさんだって若いじゃないっすか」
「38には見えないし...」「彼女いないんすか?」
「昔いたよ。お前と同じ歳だよ、今なら」
「もう6年も前の話さ」ようやくネコが8番を外す。
 僕はねらいを定めて8番と9番のラインを読む。ショット。
8番がバンクして9番がポケット。
「俺の勝ちだ。1杯おごれよ?」パチパチと拍手しながらネコは
「珍しいことも有るもんだ」とふて腐れる。
「口が悪いぞ、お前」と僕。
「マリブビーチをくれ」僕は夏に良く飲む、ココナッツリキュールとクランベリージュースのカクテルを頼んだ。
慣れた手つきでネコがステアする。
「お待ちどう」すっきりとした味が喉を降りていく。
「お前は一流のバーテンだよ」僕が冗談を言うと
ネコは腕を振って見せた。
「当たり前っすよ」グラスが空く頃にはようやく眠気がし始め、僕は彼女のことを考えていた。


5通のメールは順序正しく並べられていて、後から届いた順に読めば話が繋がるようになっていた。
別れの手紙だった。電子メールで送られてきたことを除けば、まぎれもない別れの手紙だった。
そこには、もう家庭の問題に脱出口が無いこと。精神的にも肉体的にも疲労し過ぎていること。
今いる街を出ること。
そして、「私は私のことしか考えられない人間なんです。恋愛なんてできる人間じゃないんです。
あなたが好きなのは今も同じ気持ちです。でももう耐えられないんです。ごめんなさい」
と結んであった。
 僕は文字通り頭が真っ白になった。心が空っぽになった。
マンボウのいなくなった水族館の水槽みたいにだだっ広く空っぽの心だった。
僕はすぐさま携帯から電話を掛けた。
彼女は電話に出た。
僕の携帯からは、しゃくりあげる彼女の泣き声と、嗚咽だけが聞こえていた。
彼女は泣きながら、とぎれとぎれにそしてかすかな声で「ご…め……ん………な…さ……」
 最後は泣き声と嗚咽で聞き取れなかった。

 僕はただ呆然としていた。彼女に何一つしてやれずに1月近くただ仕事に負われていただけだった。
彼女を勇気付けることもせず、励ますこともせず。
僕は自分が悔しかった。殴りつけたいほどだった。僕は何一つしなかったのだ。
その事実の前に僕は口をつぐむ他は無かった。気づいたとき、電話は切れていた。
午前2時47分を事務所の時計が示していた。

ドン!

事務所の壁が大きな音を立てた。僕の右手から血が一筋流れた。


僕は車を飛ばしていた。彼女のそばに行くんだ。行かなくちゃいけない。
その思いが僕を駆り立てた。
どんなに飛ばしても僕の街からは1時間かかる。僕は1分1秒を焦っていた。
信号を無視し、一方通行を逆走し、右側車線を走って周りの車を追い抜いた。
メーターは時速100kmを超えていた。
事故を起こすことなんて考えもしなかった。事実、車にはかすり傷ひとつ着かなかった。
運が良かったのだろう。
彼女の実家前に着いた。居るとは思っていなかったが彼女の携帯に電話をいれる。
留守番メッセージが応答する。
メールを打ってみる。「会いたい。今実家の前に居る」5分待ったが返信は無い。
 時計は5時を回っている。彼女の部屋はここから3駅離れた街に有ると聞いていた。
しかし場所までは知らなかった。
とりあえずその駅まで行ってみる。もしかしたら居るかもしれないと思った。
夏の夜明けは早い。ネオンはとうに消え、明け烏が道端にたむろしている。
始発列車も動き始めていた。
やはり彼女は居ない。もう一度電話を掛ける。また留守番メッセージだ。メールも入れてみる。「とにかく会いたい。駅に居る」
 何時までたっても返信は来ない。7時。街はすっかり動き始めている。
彼女はここから仕事場へ行くはずなのだ。
僕が見逃すはずは無い。きっと見つかる。そう信じていた。
僕は血眼になって人の流れを追った。彼女は居るはずなんだ。
しかし彼女は居なかった。見つからなかったのではない。
僕は渋谷でだって彼女を見つけることが出来た。小さな駅だ見逃すはずは無い。
8時を過ぎた。もう彼女がここに居てはいけない時間だ。

彼女は消えてしまった。僕の指の間をすり抜ける砂粒のように。
僕達の関係からすり抜けて消えてしまった。僕だけを残して。
僕の目から頬には、一筋の水滴の流れが出来ていた。
そしてそれは止まることは無かった。
彼女を救えなかった。その思いと後悔とが、頬を伝って流れていた。


彼女は消えてしまったのだ。


 帰りの車の中で僕は自分自身を呪っていた。
あの初めて彼女が泣いた日。そのときにこそ僕は駆けつけるべきだたのだ。肩を抱いてやり 大丈夫だよ と言ってやるべきだった。そしてその後も、毎日電話を掛けてやるべきだった。僕はここにいる君は独りじゃないと、しっかり感じさせてやらなければいけなかったのだ。
全ては遅かった。遅すぎた。だから彼女は消えてしまったのだ。責任は全て僕にある。
やりきれない思いを抱えて僕は仕事に戻った。ほかに選択肢はなかった。

彼女が消えてからの僕は、ことさら精彩を欠いていた。仕事上のトラブルは頻発し僕の処理能力を超える事態が多発した。
週に4日は店に泊り込み、机の上や車で仮眠を取る日々が続いた。
そんなことが長続きするはずは無く。過労が原因である日突然、仕事に行けなくなってしまった。
抑うつ症だったのだろう。電話にも出る気がしないし、食事もとる気がしない。1週間僕は寝込んだまま職場放棄を続けた。数日後会社から上司が自宅へ来た。
解雇通知だった。もう僕はそんなことはどうでもよくなっていた。
さっさと退職願を書き上げ上司に渡した。その後も2週間僕は寝込んだままだった。

今思えばあの頃に歯車が狂い始めたのだろう。僕の人生は転落への方向に転がり始めた。
それも勢いよく。
「それがどうした」そう言うしかない。これまでだって順風満帆なんてことは無かったんだ。いまさら少しくらい天秤が傾いたところでどうということは無い。

一つだけ僕にはやらなければならない事ができた。
そう。彼女を探し出して謝らなくてはいけない。この事だけは頭に焼き付いて6年たった今も忘れずにいる。


僕は鬱病になった。と言っても軽いもので、生来抱えていた被害妄想的な性格と対人恐怖症に抑うつ症状が加わっただけのことだ。数ヵ月後。僕は設計事務所で働いていた。
空調や衛生設備を設計している事務所だった。
僕はCADオペレーターとして入ったのだが、実を言うとパソコンに触ったことすらなかった度素人だった。
それでも仕事は嫌いではなかった。誰ともかかわらずに一日中パソコンに向かっているのは、その時の僕には好都合だった。
もちろん仕事は難しく。他人の10倍の時間を掛けて1枚の図面を書くのが、精一杯だった。恐らく会社にとっては仕事にならなかっただろう。
時折、得意先にデータを届けに行ったりもした。

そんなときのことだった。池袋に行ったときだ。届け物を済ませて、帰りの道すがら駅前のコンビニエンスストアに寄ってコーヒーを一本買った。
「いらっしゃいませ」
その声には聴き覚えがあった。彼女の声だ。僕はレジに立つ女の子の顔を見た。
まぎれもなく彼女その人だった。なぜこんな所にいるのかと言う疑問よりも、逢えた嬉しさが勝った。声を掛けようとしたが、店はとても込んでいて彼女は素早くコーヒーにシールを張ると僕につり銭と一緒に渡し
「ありがとうございました」
と言って次の客に「いらっしゃいませー。」と声を掛けていた。
僕は彼女に声を掛けるのを諦めて店を出た。彼女の町から池袋までは、JRと私鉄を3度乗り換えて1時間と少しかかる。なぜこんな所まできて働いているのだろう。考えても判るはずは無かった。だが意外にも、こんなに早く彼女を見つけられたことが、僕はとても嬉かった。
ここに来れば少なくとも彼女に会えるのだ。僕は偶然の神様に感謝した。
もし手を差し出されたら、その手の甲にキスをしたに違いない。
その夜僕は彼女の携帯電話に掛けてみた。
「おかけになった電話番号は現在使われておりません」とアナウンスが流れた。
彼女は僕を忘れてしまったのだろうか?それとも忘れようとしていたのだろうか?
ともかく彼女は電話を変え、僕から連絡を取ることはできない事がはっきりした。
もっとも彼女が僕の前から消えてしまったときに、それは予想していた事だったのだけれど。ともかくあの店に彼女は居たのだ。それは間違い無い。僕は33歳になり季節は8月も終わりかけていた。

午後10時。僕はBARロング・グッドバイのドアをゆっくり押し開けた。
「いらっしゃいませ」聞き慣れない声がした。女の声だ。
店に入るとマスターと、ブラウスに赤いラメのベストに蝶ネクタイのバーテンダールックの若い女の子がカウンターの中に居た。
「新人さん?」僕が尋ねると、マスターはグラスを拭きながら黙って肯き、女の子は
「はい、今日から入りました杏です。よろしくお願いします」と元気よく挨拶をした。
杏はお絞りを差し出すと注文を訊いた。マスターが黙ったまま僕の前にボトルを2本置く。
前と同じく、ドランブイとフェーマス・グラウス。
「僕はいつもこれなんだ、覚えといて」杏に言う。
「はい」相変わらず元気がいい。
「これでラスティーネイルを作ってくれる?」そう言うと、杏はマスターを横目で見ながら「まだお酒詳しくなくて、すいません」とお辞儀をする。
「マスター」僕は声を掛ける。
マスターはカクテルブックを開いて杏に見せながら、作り方を教え実演すると
「コースター」と杏に言う。出来上がったラスティーネールのグラスを揺すりながら僕は「簡単だろう?」と杏に言う。
「はい、もう覚えました」
「幾つだい?年は」
「23です」
「どうしてバーテンやってるの?」
「バイト探してて、ここの看板に募集が載ってて、初心者可って書いてあって。それでやってみようと思ったんです」
「昼間は働いてるの?」
「はい、普通の事務員です。お給料安いからバイトしないと苦しくって」
「偉いね。俺も普通の工場で働いてる。給料は安いけど仕事の後にバイトする元気はもうないな」そんなことを話しているうちにグラスが空になった。
「もう1杯頼む」
「はい」
杏は先刻マスターが教えたと通りに、不慣れな手つきでカクテルを作り差し出した。
「どうぞ」
僕は一口飲んで
「上出来だ。美人が作ると美味い」と軽口をたたいた。
「あはっ!」杏が笑う。笑顔の可愛い娘だ。
「冗談が上手いですね」
「僕は美人に冗談を言うほど大人じゃない。これでも純真なんだ」
「ほんとぅですかぁ〜?」
「信用が無いなぁ」
「信じますよ」クスッと杏は笑った。
「本当はいつもは2杯目からは自分で作るんだよ。僕はさ。作ってもらうのは1杯目だけ。なあマスター」
「あんたは手のかからない客だよ」とマスターが言う。
和やかな時間が流れていく。こういう夜は久しぶりだ。店内のスピーカーからバードランドの子守唄が流れてくる。僕は曲に合わせてハミングしながらグラスを口に運ぶ。気分のいいときは酒も美味い。今夜はぐっすり眠れそうだ。
「ヨージさんてお幾つなんですか?」ボトルのネームプレートを見ながら杏が尋ねる。
「月並みだけど当ててごらん」
「んー。28!」
「惜しいな、38だよ」
「うっそー。見えないですねー」
「よく言われるよ」
「15もあたしと違うなんて全然わかんないです。28で十分いけますよー」
「一応ありがとうと言っておくよ」
「あたしの高校のときの友達が、昔15歳上の人と付き合ってて、その人も全然そんな風に見えないっていてましたけど。ヨージさんみたいに若い人初めて見たー。すっごい信じられない」
「高校生と付き合うのは犯罪だよ」僕が笑って言うと
「いえ高校は卒業してましたよ。17歳だったけど」
「17で卒業?おかしくないか?」
「通信制の学校だったんで単位が足りてるとかで早く卒業しちゃったんですよ。あたしは普通に18でしたけど」
「どこの学校?」
「大宮中央高校」
「あれっ。昔の彼女と同じ学校だ。その子も17で卒業したんだ。その学校ではよくある話みたいだな」
「そんなこと無いですよ。初めてって聞きましたもん」
僕はある予感がし始めていた
「その子の名前はなんて言うの?」僕は身を乗り出して訊く。
そして

杏が口にした名前は、予感どおり僕の...あの彼女の名前だった。


僕は9月になっても、折を見てはあのコンビニエンスストアーに寄ってみた。
もう5〜6回足を運んでいるのだけれど、あの日以来彼女の姿を見ていない。
6回目だったろうか僕は店員に聞いてみた。「前に見たんだけど赤い縁の眼鏡をかけた肩まで髪の有る店員さんは居る?」そう言ってって彼女の名を告げた。
「ああ、彼女は1ヶ月だけのヘルプで8月一杯で辞めましたよ」
「何処かの店に居るのかな?」
「いえ店長に頼まれて前の店辞めてからヘルプに来たみたいです」
「つまり完全に辞めた?」
「そうです」
「そうか、ありがとう」
何てことだ。やっと遭えたと思ったのに、たった1度だけなんて。。
僕はまだ彼女に謝ってないんだぞ。せっかく巡り逢わせておいてそりゃ無いだろう。
僕はあの時感謝した神様を、今度は思いっきり罵っていた。
彼女はまた僕の手からすり抜けて消えてしまった。偶然はかくも冷たいものなのか?
また何処かで巡り逢う偶然が起きるとでも言うのか?有り得ないだろう。
これじゃまるで奇跡を見逃した馬鹿な男の喜劇じゃないか。まったくなんてこ
った。
「やれやれ」一通り神様を罵倒し終わると、僕はどっと疲れてそう一人ごちた。
ともかく糸は切れてしまった。
それでも僕は彼女に謝らなくてはいけないのだ。あの時何もしなかった事を。
 僕はすっかり途方に暮れて会社へ帰る電車に乗りこんだ。
シートに座り込んで僕は考えた。何故僕はここまで、彼女に謝ることに固執しているのだろう。もうすぐ彼女が消えてから半年になろうとしているのに。何故だ何故固執する。
自尊心からか?そうであればそれは傲慢と言うべきものだ。彼女に謝って何が変わると言うのだ。お互いにだ。何も変わらない。それでもどうしても謝りたい。この気持ちはいったいなんだ?
愛か?
確かに僕はあの頃、彼女を愛し始めていた。しかし本当に愛している自覚は無かった。
実際、僕と彼女が一緒に過ごしたのは わずか2ヶ月足らずの時間だった。
愛している自覚など生まれる時間も無かったのだ。それでもこの気持ちは嘘ではない。
彼女に謝って許しを請おうと言うのではない。
幸せになって欲しい。そう願っているのだ。
今頃になって、彼女が消えて半年あまりたって 僕は彼女を本当に愛していたと知ったのだ。
遅過ぎた。全てが遅過ぎた。僕は初めて決意した。彼女をなんとしても探し出そうと。
そして幸せになってくれと伝えるのだ。そう思うと急に気が晴れた。電車はちょうど乗換駅に止まるところだった。ドアが開き僕は何か吹っ切れたように、颯爽と地下鉄へ向かって歩いていった。



BARロング・グットバイの店の美点の一つは、窓側のカウンター席だ。
この店は駅前ロータリーに面したビルの7階にあり、天井から床まで届く大きなガラスがはめ込まれていて、壁一面が大きな窓になっている。
夜になると 駅前の本屋や飲食店。パチンコ屋やスーパーマーケットのネオンと、遠くに見える団地の明かりが景色を彩る。。さらに遠くには、他の街の高層ビルの点滅灯や河に架かる橋のライト。それに住宅街の街灯が光の絨毯のように敷き詰められていてその様は、空気の澄んだ山の上から星空を見るようだ。
僕はその夜景がとても好きだ。
 店内はカウンター7席と4人がけのテーブルが一つ。店の中央にハーフサイズのビリヤードテーブルが置いてある。パーティーのときなどは臨時のテーブルにも使われる。壁には古いジャズレコードジャケットやデイヴィット・ホックニーのポスターと、ダーツ板が掛けてある。
僕も時々ダーツを投げたりする。この店では上手いほうだ。

カウンターで、杏と僕はまだ話を続けていた。
「その名前知ってるよ。僕の彼女だった」僕は過去形で言った。
「えー! なんかスゴイ。初めて遇ったお客さんが、友達の元カレなんてすごい偶然ですねー」杏は体を仰け反らせる。
「僕も驚いたよ」
「奇遇ですねー」
「まだ彼女と連絡取ったりしてるの?」
「いえ、もう3年かな会ってないんです。電話も番号が変わっちゃって連絡取れないんです」
「そう」
「会いたいんですか?」
「まあね、好きだったから」
「何で別れちゃったんですか?」杏は訊きにくいことをあっさりと言う。
「僕が彼女を守ってやれなかったからだよ。色々あってね」

カランとドアのカウベルが鳴る。
「いらっしゃいませー」
一組のカップル客が入ってきて窓際のカウンターに座る。杏はおしぼりとメニューを持ってカウンターから出て行った。
「マスター。偶然てのは恐ろしいね」
「そうでもないさ。世の中なんてみんな偶然で出来ているんだよ」グラスを磨きながらマスターが答える
「そういうものかな?」
「そういうものだよ」
もう少し飲みたかったが、時計は12時を回っていた。僕は勘定を済ませて店を出た。

33歳の9月の中ごろ僕は彼女に手紙を書いた。僕はこの手紙を例のコンビニエンスストアーの店長に頼んで彼女に送ってもらう事にした。
それが唯一僕から彼女への連絡方法だったからだ。
文面はこうだ。

こんにちは、この間 池袋のコンビニエンスストアーで君を見かけました。僕はどうしても君に謝っておきたかったのでこの手紙を書きました。
君が「もう何も考えられなくなったの」と電話をくれたときの事です。
あの時僕は、君の所へすぐに行くべきでした。そしてもっと良く話し合うべきでした。そうすれば何か解決の方法が見つかったと思うのです。でも僕は君の所に行かなかった。
それが今でも悔やまれて仕方がありません。本当にすまなかったと思っています。
僕は君を守りたいと思っていました。なのに何も出来なかった、いやしなかった。
別れの電話の時君は泣きながら、ごめんなさいと言っていましたね。
謝らなければならないのは僕のほうだったのに。君と別れてから、僕は君を本当に愛していた事にやっと気づきました。
僕は君を守るべきだったのです。本当にすみませんでした。
ごめんなさい。もう僕の事は必要ないかもしれませんが、どうしてもこの事が言いたかったのです。どうか元気で居てください。今はそれだけが僕ののぞみです。

追伸 僕の電話もメールアドレスも変わっていません。もし僕が必要になったらいつでも連絡ください。


店を訪れ店長に事の次第を話し、どうしても彼女に届けなくてはならないのでよろしく頼みますと言うと。快く引き受けてくれた。僕は丁重に礼を行って店を後にした。



僕は久しぶりに渋谷の街に来た。彼女に手紙を書いた事で少しすっきりしたからか、前に彼女とデートした道筋を追って、思い出をトーレスしてみたくなったのだ。
ハチ公口を出ると相変わらずの人の多さだ。交番裏で2人組の男の子がフォークゲリラのような事をやっていた。
交差点をわたって109へ、良くここでウインドウショッピングをした。
文化村通りを横切りセンター街へ入る。人込みに思はず怯んでしまうのはいつまでたっても直らない癖だ。
どこかの喫茶店でお茶をしたり、ゲームセンターでUFOキャッチャーをした。
僕はへたくそで、ぬいぐるみを取るのはいつも彼女だった。
坂を上って東急ハンズに入る。一通り冷やかしてからハンズを出てパルコの前を通り公園通りに出る。
それを横切り、また坂を下って宮下公園へ行く。公園を駅の方へ抜けて東急デパートに着く。そしてプラネタリウムに行ったものだった。
いつも彼女が先に歩いて、後からアヒルみたいについていくばかりの僕にしては、今日は良く一人で歩けたものだ。
こうして歩いてみると、僕にとって彼女の存在が どれほど大きかったか解る。
一人で居ると、この街は 僕には巨大な怪獣の腹の中を歩いているみたいだった。
日曜日だから人出はかなり多いのだが、僕の胸には寂寥感がよぎる。
なんだか思い出を確かめるより、寂しさを確認しに来たみたいになってしまった。
慣れない事をするもんじゃないなと思う。
僕は逃げ出すようにして駅に駆け込んだ。山手線の緑色を見てやっと心が落ち着いた。
後は家路を辿ればいいだけだ。

10月に入って思いがけず彼女からの返事が来た。住所は書いていなかった。
僕は封を切った。

手紙をありがとう。私のことを覚えてくれていて嬉しいと思います。あなたと別れたのは全て私の問題です。私だけの問題で、私の我侭だったのです。
あなたが謝る必要なんてどこにも無いのに。
心配してくれてありがとう。
精神以外は元気です。もう私のことは気にしないで下さい。
私はあなたには必要の無い人間です。
私はあなたにもう会う事は出来ません。
早く新しい恋を見つけて幸せになってください。さようなら。お元気で。

それだけの手紙だった。
封筒には差出人の名前さえ書いていなかった。消印は彼女の居た街のものではなかった。
彼女はもう、僕を必要としていなかった。さようなら。はっきりとそう書いてあった。もう僕は過去の人間なのだと思い知らされた。寂しかった。悲しかった。でも仕方が無かった。これが彼女の出した答えであり、そして まぎれもなく僕の現実だった。僕たちの恋は完全に、そして完膚なきまでに終わったのだ。


人は時として偶然としか思えないような
真理との出会いを経験する。

しかし、ほとんどの人がそのことに気づかず、
何事もなかったかのように、
また慌ただしい生活を続ける。

(心に残るチャーチル物語、ケイ・ヘイル編)


僕は彼女に幸せになって欲しかった。彼女と出会ったのは偶然だった。しかし彼女を愛したのも、偶然だったのだろうか。
僕は彼女を「愛さなければならなかった」だろうか?
答えはNOだ。愛したかったから愛したのだ。それを偶然と呼ぶのか?
しかし必然ではない。問題は意思だ。
僕は自分の意思で彼女を愛した。正確には愛していた事に気づいた。
これは偶然ではない。

――僕は彼女によって人を愛する事を発見したのだ。

確かに僕たちの恋は終わってしまった。でも僕はまだ責任を果たしていない。
彼女への愛に対してだ。僕はこのまま諦めるわけにはいかないのだった。

僕はもう一度消印を見た。越谷局。確かに彼女の実家の有るところだけれど、何故だ? 実家に戻る事は考えにくい。実家に居られないから家を出たのだから。
何か理由が必要だ。なぜ越谷から手紙を出したのか? 
僕は考えながら手紙を眺めていた。とても長い間。釣り人が丘から鯛を釣り上げるのと同じ位長い間眺めていた。

心配してくれてありがとう。
精神以外は元気です。もう私のことは気にしないで下さい。
私はあなたには必要の無い人間です。
私はあなたにもう会う事は出来ません。

会う事は出来ない。必要無い人間。精神。

何かが心に引っかかっていた。何かが。
と、突然に携帯のアラームが鳴り出した。今日は医者に薬を取りに行く日だった。出かける時間が来たのだった。僕は精神科へ向かうために部屋を出た。
斎藤クリニック。日曜も診察しているので、僕のような仕事持ちには有り難い。
待合室は6 畳ほどの広さで、窓にはカーテンがかけられて外から見えないようになっている。本棚には殆ど古本だが、コミックや小説に限らず、心理学や病理学の本がたくさん置いてある。ひときわ分厚い本があった。「順天堂大学病院50年史」 僕はなんとなくそれを手にとって見た。頁をパラパラめくる。と目に止まる文字が有った。
順天堂越谷病院。
「あっ!」
思わず声が漏れてしまったが、気に止める人は居ない。そういう場所なのだ。
心に引っかかっていたものが解けた。

――彼女はここに居るのではないだろうか。

何かが彼女の身に起こったとしたら。
「精神以外は元気です」あの文面が気がかりなのだ。
恐らく間違い無い。彼女はそこに居る。
嬉しくはない事だが、僕はほとんど確信していた。


次の週の日曜日。僕はその病院に行って見た。彼女の名を告げると該当者が有った。
ビンゴ。やはり彼女はここに居たのだ。


病室の番号は2046号。個室だった。僕は勇気を振り絞って部屋を訪れた。
彼女は驚愕してまるで人形のように硬直していた。
「どうして判ったの?」
「偶然さ」僕は答えた。
「たまたま僕の行ってるクリニックの本に、ここの事が載っていた。消印があったから、もしかしたらと思っただけだよ」
「まさか来るとは思いもしなかったわ」
「迷惑だったかな?」
「いえ、嬉しいわ」
「手紙にも書いたけど、どうしても会って謝りたかったんだ」
「謝る必要なんか無いって書いたでしょう?」
「それは分かってる。ただ僕は君を愛していた事に、今更ながら気づいたんだ。愛して欲しいわけじゃないけど、君には幸せに成ってもらいたかったから それを伝えたかったんだ。どうしてもね」
「有り難う。でも私の幸せなんて、あなたには関係のない事なのよ。もう私たちは縁が切れてるんですもの」
「それはそれで構わないよ。ただ、僕は君に幸せに成ってもらいたいって事さ。君はこんな所に居るべきじゃない」
「それもあなたには関係無いわね」
「ねえ、もしあの時に僕が君のそばに居られたら、君の力に成れなかったかな?」
「もしもは、もしもよ。現実とは違うわ」
「そうだな。でも考えずにはいられないんだ。君をこんな所に押し込んでしまったのは僕じゃないかってね」
「もういいのよ、あなたを責める気なんて一つも無いし、私には私の結論があるの。それがどういうものであるにしても、これが現実だわ」
僕は次の言葉を見つけられなかった。
「また来てもいいかな?」
「出来れば来て欲しくないわ」
「どうしても?」
「そうね、あまり人に見られたい姿じゃないでしょう?」
僕は何も言えなくなってしまった。
「手紙くらいは許してくれないか?」
「返事を書くとは限らないわよ?」
「いいよ。書くことだけでも許してくれれば」
「ならいいわ。それだけは譲歩するから、もう来ないで!」
「わかったよ。もう来ない」そう言うしかない迫力が彼女には有った。燃え尽きる寸前の蝋燭の炎みたいな迫力だった。
「今日は突然済まなかった。ごめん。帰るよ」
「さよなら」彼女はそう言って窓のそとに目をやったきり2度と僕を見なかった。
僕はナースセンターへ行って、「彼女の留学中の兄です」と名乗り病状を聞いた。
パニック障害の一種で、2ヶ月前に電車の中で倒れたと言う。呼吸停止を起こしており救急車に運ばれて、その後 心臓停止も起こしたと言う。
緊急治療の後、今はここでケアしていると言うのが大体の経過だった。
時々錯乱状態を起こす事もあり。当分は安静にしていなければ為らないらしい。
僕は珍しく知恵が働いていたようで、今日も家族だと名乗らなければ面会は出来なかったろう。次に来る事はどうやら出来なさそうだ。彼女に兄がいないと知れれば、それまでだからだ。礼を言ってナースセンターを出ると、僕は彼女の2度目の「さよなら」をポケットに入れて持ちかえるほかは、何も為す術が無かった。


今夜もまた、ロング・グッドバイに来ていた。今日はネコと杏の二人だった。
「いらっしゃいませ。今夜は遅いっすね」
「仕事がね。今日はあっちで飲むよ」と窓際のカウンターに座る。
「珍しいっすね」
「今日は夜景が見たい」杏がボトルとグラスを持って
「カッコイイじゃないですか」と言う。
「そうだろう」軽口を叩くと。ネコが「調子に乗らせないようにね」と応じる。
「相変わらず可愛くないな。ネコは。それにしても、やっと8月も終わるなぁ」
「そうっすねぇ」
「相変わらず酒と映画の毎日っすか?」
「うん。そうだ。暑くて部屋に居られないからなぁ」
「おかげで、うちの店は商売繁盛。ヨージ様様っす」
実際ほとんど、この店に1番に来るのは僕だ。僕がネコに応じようとすると。
「ヨージさん。『瞳を閉じて』って見ました?」と杏が聞いてくる
「あれは女の子と見るモンだろう」
「私、まだ見て無くって―。超見たいんですよぅ」
「彼氏と行けば好いじゃんか」
「彼がいたら行ってますよう」
「でっ俺にどうしろと?」
「鈍いなぁ」とネコ。
「鈍くは無いが、あまり慣れてないのでね」
「空いてる日、付き合ってくださいよ」
「いいともー」ふざけて言うと。
「笑えない笑えない、スベリ捲くりだからね」ネコが茶化す。
そんな勢いで、来週の日曜は杏と映画デートになってしまった。6年ぶりの事に、少したじろぎはしたものの、断る理由も見つからなかった。

日曜日の午後12時45分。僕は駅の下の階段で杏を待って居た。映画は3時からなので遅目の昼食を、軽くとってから出かける事になっていた。
5分後、杏がやって来た。
赤いハイビスカスの絵の入った、ブランド物の白いTシャツに、色の薄いジーンズ。
踵の高いミュールにシャツと同じがらの小さな手提げのバックを持っていた。
女の子らしいな。と僕は思う。こんな事を感じる事さえ、何年も忘れていた事だ。
「こんにちは、お待たせっ」
「僕も今来たところだよ、丁度良かった」
「僕って言うんですね」
「女の子が相手のときはね。でも時々俺になるときも有る」
「それは、あたしが女の子として意識されてるって事ですよね」いたずらっぽい笑みを浮かべて杏は言う。
「だって女の子だろう?」
「じゃあ、誰にでもそうなんですか? 女なら」
「基本的にはね」
「なんだーつまんない」
「それはつまり、僕が君を特別な女の子だと 意識して居るかと言う事かな?」
杏は相変わらず、いたずら子猫のような笑み を浮かべているだけで答えない。
「少なくとも義理で、興味の無い女の子と映画に行ったりはしないよ」
「そうよね? じゃぁOK」
「なにがOKなのかが分からないんだけど...」
「今日の相手として、認めてあげるって事」そう言って杏は歩き始める。
「ランチはパスタで好い?」
「うん。結構好きな方だしね」
「じゃ、決まりね」
僕らは近所で割と流行っているパスタジョーネと言う店に入った。
僕はカルボナーラを、杏はアラビアータを頼んだ。
「ねえ、一つ聞いておきたいんだけど」水を一口飲んで僕は言う。
「何で僕を誘ったのかな」
「あら、迷惑だった?」
「そんな事は無いよ、むしろ光栄に思っているさ。ただ僕以外に幾らでも 君なら相手をしてくれる男の子は居るだろうと思ってさ」
「フフッ」と笑って杏 は言う。
「どうしてでしょう?」
「分からないよ。だから聞いておきたい」
「好奇心」
「好奇心?」
「15歳年上の人とデートするって、どんな気持ちか気になったの」
「それだけ?」
「もっと言うと、あの子がどんな人と付き合ってたのかもね、少し興味があるの」
「ふーん。それが君の好奇心?」
「そう、いけない?」
「いや、いけない事なんか無いよ。多分世界中どこを探しても、その理由は見つからない」
「ならいいでしょ?」
「OK」
この子は、物怖じをしない積極的な娘なのだ。
「君は物好きだね」
「何が?」
「だって、もうすぐ40になろうって言うオジさんを、わざわざ選んでデートに誘うなんてさ。逆なら僕にも理解できるけど」
「あたしは自分の好奇心には、わりと忠実なの」
「知りたい事は、何でもほおって置けないのよ。そういう人なの」
「なるほど、でも、おかげでオジさんは 23歳の女の子とデートが出来るわけだから、感謝しなくちゃいけないな」そう僕が冗談めかして言うと、杏は「クスッ」と笑って
「感謝しなさい」と同じようにふざけて言った。

僕らは食事を終えると電車で2駅先の映画館まで行った。
「瞳を閉じて」はこの夏一番ヒットしている恋愛映画だ。
僕は一人でこの手の映画は見ないので実に久しぶりの恋愛映画だ。
ラジオや有線放送で散々流れている主題歌が耳に入ってくる。
杏は僕の袖を引っ張ってチケット売り場へ向かう。
2枚のチケットを買うと、売店へ行ってコーラとポップコーンを買う。
劇場に入ってシートに座ったとたんに、僕は眠くなってしまった。予告編が終わってもまだボーっとしている。本編が始まった頃からうつらうつらし始めて、結局のところどんな内容だったのか丸で覚えていない。
杏に気付かれない内にと、帰りがけに慌ててパンフレットを買って帰りの会話には何とか話をあわせる事が出来た。(ほとんど肯くばかりだったけれど)
「今日は楽しかったよ」
「あたしも楽しかったよ。それに少しだけヨージさんの事が判ったし」
「どんな事が?」
「優しい人だって事」
「そうでもないよ」
「無理しなくてもいいの、居眠りしながらでも付き合ってくれたんでしょう?」
「そんな風に見えた?」
「ええ」
「僕は何時も映画館に入ると、ああなんだ。居眠りしてるわけじゃないよ」僕は嘘をついた。
「そういうところが優しいって言ってるの」杏はクスクス笑う。
どうやら弁解の余地が無いらしい。
「ごめんよ。でも本当に何時もああなんだよ、一人で行くときもさ」
「もういいって、私が相手じゃ役不足だったんでしょ」
杏はまた、いたずら子猫のような口ぶりになる。
「僕はそれほど我慢強くない。それに嫌なら始めから断ってる。君が相手だからなんて、そんなこと言うなよ。今日は久しぶりのデートで、とっても嬉しかったんだよ。本当に」
「かわいい」
そう言うと杏は踵を返してこっちを向くと。
「ねえ、また付き合ってくれる?」
「今度は僕が誘うよ」罪悪感に苛まれつつ、僕は笑顔を作りながら言った。そして
「悪いけど明日の仕事がちょっとヤバそうなんだ。今日はこの辺でお開きにしよう」これ以上一緒に居るとボロが出そうなので僕は逃げ口上を口にした。
「いいわ。また今度ね。ちゃんと誘ってよ。あたし記憶力いいんだから」
上目遣いで僕を見ながら、からかうように言う。
「忘れるもんか。これでも僕は美人に目が無い」そう言って杏の頭をクシャクシャと撫でた。
「じゃあまたね」
「ああ、またな」
待ち合わせた駅の階段下で僕らは別れた。
「ふう」思わずためいきをついてしまう。どうやら女の子のあしらい方も下手になったらしい。年甲斐も無くドギマギしてしまった。次はもっと大人らしく振舞う事にしよう。そんな事を考えながら、僕はまだ蒸し暑い風と一緒に部屋へ帰った。



僕は彼女の病院に月に1度手紙を書いた。内容は他愛のない事ばかりだったが、僕がまだ彼女の傍に居る人間だという事を伝えたかったからだ。
彼女が言ったように、返事は一度も来なかった。
それでも僕は書き続けた。
それは1年半続いた。
そして桜が咲き始めた翌年の四月中旬。
病院から返事が来た。しかし彼女からではなく、病院の医師からだった。
それには、彼女はもう退院してそこには居ない。その事だけが書いてあった。
当然、彼女の居場所はわからない。
実家へ戻ったのか。それとも別の病院に移ったのか。
全く手がかりはなくなってしまった。

――ついに3度、彼女は僕の前から消えてしまったのだ。

もう僕には、彼女を探す事は出来ないのだろうか。
これまでは偶然だが探し出す事か出来た。
しかし偶然は2度目までだという。
3度目はそれは、作為だと言うことを聞いたことがある。
彼女は明確な作為を持って僕の前から去ってしまったのだろうか。
僕はこの後4年間、彼女の軌跡をついに探すことが出来なかった。
とても辛い4年間だった。
僕はやはり彼女を愛していた。
僕達は愛し合ったまま、時のいたずらで別れざるを得なかったに過ぎないと。
その思いが何時までたてっても消えないで居た。
彼女はそう思っているだろうか? 
今はその真意を聞く事も出来ない。
いったいもし運命と言うものが有るなら、それは僕達に何を望んでいるのだろう。
ともかく僕と彼女の糸は再び切れてしまったのだ。
僕に残ったものといえば深い失望感と喪失感だけだった。

彼女と初めて出会ってから、6度目の夏が来て僕は38歳になった。
6年の時間が、僕に与えたものは数度の転職。孤独と倦怠感。そして6歳の年齢増加くらいのものだ。
酒場通いも回数が増えたし、煙草の本数も増えた。
精神科にも通い続けていて、最近では睡眠導入剤と睡眠剤。抗鬱剤と潰瘍治療剤。
一日に飲む薬の量は20錠を越えている。
それでも倒れもせず意外と元気だから、我ながら大した物だと思っている
BARロング・グッドバイに通い始めたのは、今年の6月からだが ほとんど毎日顔を出している。おかげでネコやマスターとも結構な顔なじみだ。
杏だけがこの8月に入ってきたので、会うのは数度目だった。
先日デートらしき事をしているので、照れもあってこの2週間程、顔を出していない。
9月になって久しぶりに店のドアをくぐると「いらっしゃいませー」と杏の声がした。
「この間は楽しかったよ」お絞りを受け取りながら言う。
「こ・ち・ら・こ・そ」と杏。
マスターは訳知り顔で、黙ってグラスを磨いている。
「今度は僕が誘う約束だから、渋谷でもふらつかないかい?」
「渋谷ですかいいですよぅ。おしゃれな店もいっぱい有るし。結構好きな街だから。OKです」
「 Planet3rd って店しってる?」
「うーん、知らないなぁ」
「東横線の渋谷駅から代官山駅を結ぶ高架下にあるカフェでね。コンクリートの内装にデザイナーズチェアが並ぶ結構良い店なんだ。じゃぁ今度そこへ連れて行くよ」
「ついでにまた、映画でも観て帰りに一杯やろう」
「期待してます」杏が嬉しそうに笑う。本当に笑顔の似合う娘だ。
「じゃあ、また空いてるときに連絡くれる?合わせられる限り努力するよ」
そう言って今日はサイドカーを頼む。
ブランデー 30 ml コアントロー 15 ml レモンジュース 15 ml をシェイクして作るカクテルの基本みたいな酒だ。1931年のある晩、ハリーズ・バーのオーナー、ハリー・マッケルホーンが新しいカクテルを考案していた。
そのとき、ハリーのバーの店先にサイドカーが衝突しました。
と同時に、その新しいカクテルの名前がひらめいたと言われている。そんなカクテルだ。
「カミュで頼むよ。今日は少し贅沢をしたいんでね」
杏は以外に手際良くシェイカーを振った。
「上達したね」
「少しは練習しましたからね」
「美味い。もう一流のバーテンダーだね、マスターも少しは楽になるね」
「だといいがね」相変わらず無愛想に答える。
丁度クレオパトラの夢、が流れ始める。僕は曲に合わせてハミングをする。
2杯目はいつも通りのラスティーネイルを飲みながら、僕は窓側に席を移して夜景を見ていた。
すると杏が足音も立てずに寄ってきて、耳打ちをするように声をかけてきた。
「この間、高校の時の同窓会が有ったんです」
「うん」
「そこであの子に会ったんです」
僕はスツールから腰を浮かせていた。
「本当に?」
「ええ」
「彼女の様子は? 元気そうだった?」
「彼女すっかり変わってて痩せたって言うか、やつれた感じで眼鏡もコンタクトに変えてて、イメージが全然違ってました。何か疲れた感じでした」
「ああ、そうなのか。以前、彼女入院しててね。まだ良くなってないんだろうか」
「さあ、で、あたしヨージさんの事話たんです。バイト先のお客さんで偶然出会ったんだって。そしたら凄く懐かしがって、元気で居るか気にしてました」
「僕のことを?そう、もうすっかり忘れていると思っていたんだけどな」
「で、あたしも前は仲の良いほうだったんで連絡先を聞いてきたんです」
「彼女結婚は?」
「まだして無かったですよ」
「ねえ、良かったらその連絡先を教えてくれないかな?」
「それが、あの人にはまだ言わないでって口止めされてるんです」
「じゃあ、伝言を頼めないかな?」
「いいですよ。多分そう言うと思って知らせたんですもの」
「ありがとう。君は本当に良い友達だよ」
「何て伝えますか」
「手紙を送ってくれればいいよ」
「分りました」
それだけ聞き終えると
「すぐに戻る」と言って、僕は勢いよく店を飛び出して部屋へ戻った。
する事は決まっている。そう彼女に手紙を書くのだ。
僕は急いで便箋を取り出すと、堰を切ったように書き始めた。

前略、とても久しぶりですね。杏から君の話を聞いて、いても立っても居られなくてペンを取りました。君が病院を出てから4年。僕はずっと君の事を考えていました。
あのはじめて病院で会ったとき、はっきりと「さよなら」と言われて僕立ちの恋が終わった事は僕も認識していました。でも、その後の手紙にも書いたけれど、僕は君の幸せを祈っています。君を一人ぼっちにさせたくなかった。その気持ちは今も変わっていません。どうか友達としてでもいい、もう一度僕を認めてくれないだろうか。。
杏と出会ったのは偶然だけれど、君と僕には、それ以上の何かで繋がれている気がしてなりません。連絡を下さい。
僕はどうしても、もう一度君に会いたい。僕の最後の願いです。

それだけ書き上げると封筒にいれて僕はまた店に戻った。
「随分と早かったですね」と杏。
「これを彼女に送ってくれ。頼む」
「分りました。明日にでも送りますね」杏は素直にそれを受け取りバッグにしまった。


彼女からの返事が来たのは10月下旬の、銀杏の葉が舞い始めた頃だった。

拝啓 お便りを有り難う。多分貴方なら必ず連絡を取ろうとすると思っていました。だから貴方に連絡先を教えないように、口止めしておいたのだけど。
杏にあなたの話を聞いたときは、正直驚きました。まさか貴方と杏が知り合いだなんて思いもよらなかったからです。元気だと聞いて安心しました。
ずいぶんと、本当にずいぶんと悩んだのですが、私も貴方にお礼を言わなくてはいけない事がたくさん有るし、もうあれから4年も経っているので、貴方に会っても冷静でいられると思います。
だから貴方に会う事にしました。
11月の3日に貴方の街のボガで会いましょう。
時間は午後2時でどうでしょう。それではその時に。
お体に気をつけて風邪などひかれませんように。   敬具

丁寧な手紙だった。文面から彼女がもう少女ではない事が伺える。6年の歳月は少女を大人の女性に変えるには十分な時間だった。
僕は嬉しさに小躍りしそうな勢いだった。反面、彼女の冷静さが少し恐くもあった。とにかく、僕はようやく彼女と正面から会えるようになったのだ。僕は少しだけ、神様に感謝してもいいような気分になった。
 

季節はどんどん深まっていった。夏の間あれだけ僕らを悩ませた太陽は、頭の真上を通らなくなり 街の街路樹や公園の木々は、自分の存在を誇張するように色付いていった。
そして道の上には、紅や黄色の模様が敷き詰められるようになった。
そのようにして11月は静かな足音と共にやって来た。
カフェ・ド・ボガは僕の部屋とは反対側に駅を出た、ロータリーを過ぎて2本目の路地を曲がった角にある。この街に残っている唯一の純粋な喫茶店だ。僕は2時15分前に店に入った。もう15年以上は使われているテーブルと椅子。それに木製のベンチはある種の高貴ささえ備えていた。これも同じくらい古い書棚にコミック本や文庫本が並べてある。僕はメニューを見ずに、モカとコロンビアで、7対3のブレンドコーヒーを頼んだ。喫茶店で飲むコーヒーはこれと決めている。モカでは酸味が強過ぎるし、コロンビアだけではちょっと香りが寂しい。
彼女は2時きっかりに店のドアを開けると、真っ直ぐ僕の席にやって来た。色白の肌に良く似合う赤のワンピースに赤のヒール。薄いピンクの口紅は上品な真珠を思わせた。口紅と同じ色のマニキュアを塗った細い指が椅子の背を引いて、僕の前に華奢な腰を下ろした。

まぎれもなく、僕の彼女は今この瞬間 僕の前に存在していた。僕の涙腺の水門は、もうひとひねりで開いてしまう寸前だった。
「久しぶりだね」能の無い科白だ。
彼女は答えずに真っ直ぐに僕の目を見据えた。それはある種の決意を込めた視線だった。
ウエイトレスが水を運んできたので、彼女は短く
「ブレンド」と継げた。
「手紙にも書いたけど、私 本当に悩んだのよ」テーブルの上で指を組み、彼女は溜め息をつくみたいに言った。
「よく分るよ。済まないと思ってる」
「でも決めたの。貴方に対して責任をとろうって」
「君が僕に対して取る責任なんて無いんだよ。むしろ僕のほうこそ君に謝らなきゃならないのに...」彼女は僕の言葉さえぎって続けた。
「私が病院にいる間に毎月手紙をくれたでしょう。おかげで、すいぶん救われたの。私は一人じゃないって教えてくれたわ。そして私を愛していると言ってくれた。でもそれが重荷だったの。私なんかを愛するべきじゃないって、そう思えて仕方なかった。何度もその事で返事を書こうと思ったの。でも書ける精神状態じゃ無かったのよ」
僕は彼女の話しを邪魔しないように、黙って頷いた。
「私が入院したのは心臓が止まったからだけど、その後も色々あったの。家の事や父の借金の事や自分の将来の事。そう言ったもの全てが私を押し潰そうとしたの。生きているのが辛い1年半だった。何度も死のうとしたの。とても苦しかったのよ。その後の4年間も」
彼女は運ばれてきたコーヒーを口に運んだ。
「今は色々と手配して、それなりに進展もしてきたわ。母も無事に日本に居るし、父の借金の事も弁護士に頼んで何とか切り抜けられそうなの」
「だから貴方に会う決心がついたの。あっても冷静に貴方と向き合えると思ったから」
「ねえ、君一人に色々と負担を掛けた事を、僕はずっと君に謝りたかった。そして君に幸せに成って欲しかった。僕はこの6年間それだけを願ってきたんだよ」
「あの君が初めて泣いた電話の時、僕が駈け付けてさえ居れば事態はここまで悪化しなかったと思う。僕達は負担を分け合うべきだった。もしあの時すぐに、君と僕が結婚していたら、君は倒れる事も無く事態はもっとスムーズに運んだはずなんだ。だから責任は僕にあるんだよ。でも今更責任をどうこう言っても仕方が無い。ただ一つの真実を、君に打ち明けたいんだけどいいかな?」
「どんなことかしら?」
「僕は今でも、君を愛しているって事だよ」
「それなら私も言うわ。貴方への気持ちは変わらないわ」
僕達はそれから、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。
「ねえ、良かったら僕の部屋に来ないか? 何一つ変わっちゃいないけどね」
「それこそ、コーヒーカップの置き場所さえね」
「ええ、いいわ」そう言うと、彼女は僕の目を見据えて
「そのつもりで来たのよ」と言った。
そして僕らは歩いた。6年間何一つ変わらなかった部屋へ。
キッチンとユニットバス。それと四畳半一間の、ベッドと本棚しかない部屋だ。
そこで僕らはキスをした。ゆっくりと時間をかけて。
蜂蜜と苺のように甘酸っぱい濃密なキスをした。

そしてその夜、僕は彼女と寝た。

そうする事が正しかったのかどうか僕には判らない。
でもそのときはそうする以外にどうしようもなかったのだ。
彼女はその決意を持ってここへ来たのだし、僕達はお互いが今現在も、愛し合っていることを確かめ合ってしまった。
僕は部屋の明かりを暗くして、ゆっくりと優しく彼女の服を脱がせ、自分の服も脱いだ。彼女は小さなパンティをはいていて、それは淡いブルーのレースで出来ていた。そしてそれとお揃いのブラをつけていた。
いつからか外では秋の、冷たい細やかな雨が降っていた。
それでも僕達は寒さを感じなかった。
熱いくらいに、手のひらに感じる自分のものでない肌の違和感。なじむ頃にはもっと熱くなっている。
蒸れるように匂い立つ身体の芳香。
僕は彼女にくちづけし、乳房をやわらかく手のひらに包んだ。
雨音だけが響いていた。
僕と彼女は薄明かりの中で、無言のままお互いの身体をさぐりあった。
声がかすれたり、心臓が大きな音をたてるのは気づかないふりをして。
静かに体を重ねた。
裸の体をしっかりと抱き合った。まるで2度と離れないよう、祈るように。
彼女のヴァギナは暖かく湿って僕を求めていた。
それでも僕が中に入るとひどく痛がった。
初めてなのか訊くと、彼女は肯いた。彼女には6年ものあいだ、恋愛をする時間など存在しなかったのだ。
僕はそっと少しずつペニスを一番奥まで入れて、そのまま動かさずにじっとして彼女を長いあいだ抱きしめていた。彼女の呼吸が深くなり安定を見せると、ゆっくりと動かした。
そして長い時間をかけて射精した。最後には彼女は僕をきつく抱きしめて声をあげた。
僕にはそれがなんとなく、哀しげに聞こえたのだった。
僕はあの日に帰りたかった。あの日、こんなふうに体を重ねたかった。
そして彼女の傍にいたかった。けれどそれを僕は出来なかった。
今、彼女はここにいる。その存在はとても大きく大切なものだった。
まだ上気した顔は紅く、両手を握り合って僕の目を見つめている。
僕は幸せだった。彼女もそのはずだった。そうでなければ意味がないのだから。
これで僕らは全くではないにせよ、あの頃のように戻れるだろうか? 幾らかでも寄り添うように生きていけるだろうか? そうありたい。
出来る事なら明日も、明後日もこうして一緒に居たい。
けれど恐らく、彼女はそれを望まないだろう。
彼女は彼女自身ぎりぎりの所で、2人の愛を清算しようとしているのだ。
その事が僕には感じて取れた。彼女の今日の言葉の数々と振る舞いが、それを物語っていた。
雨はまだ降り続いている。夜はしんしんと、音もなく深さを増していた。
この夜が...ずっと続けばいいのにと思っていたけれど。
それでも朝が来る事は知っていた。

斜めに差し込む陽光と、鳥のさえずりに目を覚ました。抱いていた腕をそっと外し、彼女を起こさないようにそっとベッドを抜け出る。腕枕をしていた右腕がしびれて動かない。
僕は左手で煙草に火をつけると、深く吸い込んだ。そして音のしないように窓を開け、煙を吐き出す。
キッチンに行きコーヒーを淹れる支度をしながら、降り返って彼女を見る。
確かに彼女はここにいるのだと思う。
昨夜の幸せが、嘘ではない事を実感する
。彼女はまだ目を覚まさないのか動かない。
僕はコンロの湯が沸くまでの間に、シャワーを浴び着替えを済ませた。
ドリップ式のコーヒーポットにお湯を注ぐと、部屋いっぱいに香りが立ち込める。
もう彼女も目覚めた頃だろう。
目をやると先ほどの姿勢のまま、まだ眠っていた。
僕はコーヒーをカップに注ぐと、ベッド脇のテーブルに運びそこへ置く。
毛布から露わになった彼女の肩にそっと手を置く。毛布から出ていたせいか肩が冷えている。
僕は優しく揺すって、彼女の目覚めを促す。まだ彼女の姿勢は変わらない。
もう少し強く揺すってやると、まるで人形のように ぐらりと寝返りをうって上を向いた。目は閉じられたままだ。
肩が冷たい。僕はある奇妙さに取りつかれていた。
冷えていると言うよりも、冷たいのだ。
彼女の頬に触れてみる。そして腕、胸。
僕の意識は突然、蹴飛ばされたかのように『完全』に覚醒した。

――彼女には体温が無くなっていた。

「愛!」
僕は彼女の名前を叫んだ。
「返事をしろ! 愛!?」


「......」






そして彼女が死んだ。





急死としての検査を受けたため、彼女の遺体が実家に帰ったのは 次日の午後遅くなってからだった。発作による急性心不全。


それからの事象はよく覚えていない。
葬儀場を人々が慌ただしく往き来していた。意味を形成できない言葉の断片が、宙を行き交い四散していく。
香の匂いと読経の中を粛々と進む葬列があり、それが目指す先には白い祭壇。
泣き崩れる母親と、それを支える親族。全てが白と黒の、モノクロームの世界。
そして僕の心は白くなった。

人間は簡単に、そしてあっけなく死ぬ。
あの夜彼女は僕の手の中で確かに生きていた。眠りにつくまでは。
そして2度と目覚めなかった。
僕が彼女を殺したのだ。彼女に決断を迫ったのは僕だ。
だから彼女は来た。命を懸けた決意で。
もう僕に出来る事は何一つとして無くなってしまった。
「僕が、僕が愛を殺したんだ...」僕はつぶやいた。
来た事の1度も無い山裾の、駅の誰も居ないプラットホームで。

そこには白い、とてつもなく白い冬が来ていた。

感想

  • 42342:{感想ですが}すごく、すごく、いい話を書いてくれてありがとう。亡くなってしまったのは残念だったけど…[2013-09-13]

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