人魚の箱
「確かに面白い話だったがね…君が最初に云った『面白いモノ』とやらを未だ見ていないんだが…」
「それなら、もう旦那の目の前に在りますぜ」
男はカウンターに置かれていたあの『箱』を指差し云った。
「私は何だかあの娘が未だ生きているような気がしまして、何年…もしかしたら何十年も海を探し廻ったんですわ」
男は『箱』を撫でながら陶酔した感じで語り続けた。
「そして遂に見つけたんですよ…あの娘はちゃんと生きて…今も彼女は私と一緒にいます…」
「一緒?」
男は『箱』を開けた。
『箱』の中には水がはってあり海の一部を切り取り持ってきたような藍色をしている。
「ほら、挨拶おし」
男が『箱』に向かって語りかける。
すると『箱』の中の水が小さな波を起こして妙なモノが現れた。
そのモノは凡そ人間ではなかった。しかし、その姿はどんな人間よりも麗しく、そして愛らしく笑う顔は性的なものを超越した何かを感じさせた。
「どうですか…?」
僕には何も云えなかった。
男は礼を云うと『箱』の中のモノとともにバーを出て行った。
退出際に『箱』の中のモノが僕に愛らしく微笑んで別れを告げているのが見えた。
僕はその男をひどく羨ましいと思った。
《終》
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