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奈央と出会えたから。<32>

[880]  麻呂  2008-01-05投稿
数日後、母は市役所に離婚届を提出したの―。


勿論、そこには『父親』の署名もされ、捺印されていた。


これは後に母から聞いた話だけど、『父親』は最後まで、
自分の非を認めなかったって‥。


“自分は奈央に誘惑されたんだ。”


“別れるなんて言わないでくれ。
俺の会社での立場も考えてくれ。”


―どこまで腐った男なの―。


どうせ母への愛情があって、離婚したくないって言った訳じゃないんだから。


あの男は、自分の事しか考えていない最低な男―。


見栄や体裁、世間体ばかりを気にして、あたしの妊娠を知った時もオロオロしてた―。


肝っ玉の小さい男―。


あの時あたしは思ったわ。


あたしは、あの男みたいな最低な男とは絶対に結婚しない。

あたしがヴァージンを奪われて、傷つけられた事も勿論許せなかったけど、
それよりあたしは母を傷つけられた事の方が許せなかった。

母は昔から優しい人だったんだ。


誰にでも優しくて、親切で、思いやりがあって‥‥。


人情深い人だったから―。


母は周囲の誰からも好かれていた。


今思えば、あの男と再婚したのだって、本当は、あたしの為にしたのだと思う。

“奈央には父親が必要ね”って‥。


そう思って再婚に踏み切ってくれたのだと思う。


それなのに、結果的にあたしは、その『父親』に犯され、
“妊娠”“中絶”と言う体験を、若干12歳にして体験してしまった。


こんなに優しい母だから、常に自分の事よりあたしの事を考えてくれた母だから‥‥‥‥。


苦しんだと思う‥。

随分と自分を責め、苦しんだと思う‥。

あたしは大人になった今でも、母は一番尊敬している人だし、あたしが目標としている『母親像』でもある。


―でもね、あたしもまだ子供だったから‥‥‥。


自分が酷く傷ついて、心に余裕が持てなくなってしまった時、母を思いやる以上に強い感情‥‥つまり激情が生じ、時として母に当たり散らし、母を深く傷つけてしまった事もあったんだ―。


それは、あたしが中学校に入学してから始まった悲劇と同時に、母を長い間苦しめる事にもなったの――。

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