想像の看守 ?
その夜は満月だった。
暗闇の中、ほのかに照らし出された道を、裕一は足早に美術館へ向かって歩いていた。
雅文と美里は30分ほど前に寝かしつけた。母親は12時過ぎにしか帰らないだろう。
やがて、美術館の半開きになった自動ドアの前に立った時、裕一はふと、嫌な予感がした。
いつもは優しく迎えてくれるドアの向こうの闇が、今日は入るなと警告している気がする。
(……気のせいだろ。夜に来るのは今日が初めてじゃないし)
それでも、腹の下の筋肉がきゅうっと縮むような不安は、消えなかった。――気のせいだ。自分に言い聞かせると、裕一は闇の中へ進んでいった。
暗闇の通路を、迷いなくずんずんと歩いていく。天窓から月明かりが差し込んでいたから、前方にあるホールははっきり見えていた。
光は、白い大木のすぐ脇をぼうっと照らし出していて、大木自身は闇の中に沈んでいる。
裕一はホールに出ると、静寂と共に光を浴びて立ち尽くした。何かと戦う前触れのような、ピリピリした緊張が肌を刺す。
(だから、気のせいだって)
自分一人しかいないのに、ビビってるなんて馬鹿らしい。
(……本でも読んで気を紛らわすか)
裕一はいつものように斜め掛けかばんを下ろすと、光の中心にあぐらをかいた。
それから少し時間がたった。……いつまでたっても、物語は語りかけてこない。
(……なんなんだ一体?)
さっきまですべてに苛ついてたはずだった。キンがいたら当たってやろうとさえ考えてここに来たのだ。だが、今はもうそんなこと、どうでもよかった。
――俺は、何を怖がってる?
ようやく自分の中の恐怖に気づいてぞっとした時、通路の方から小さな物音がした。
裕一はぴくっと耳をたてた。その物音は、すぐにゆったりとした調子の足音へと変わる。こちらへ、近づいてくる。
その“誰か”は、闇の中でもなお黒いシルエットを持っていた。全身黒ずくめの、小柄な人物。裕一はすぐに本を閉じて立ち上がった。
「……キン、か?」
嬉しそうな声になったことに自分でもびっくりした。――俺はそんなに怯えていたのか?
その人物は、一瞬ぴたっと動きを止めると、またすぐに歩き出した。
裕一は、何かがおかしい事に気づく。
(こいつ、キンじゃない――!?)
次の瞬間、その者は光の下に立っていた。
瑠璃色の瞳をした、美しい黒い女だった……。
暗闇の中、ほのかに照らし出された道を、裕一は足早に美術館へ向かって歩いていた。
雅文と美里は30分ほど前に寝かしつけた。母親は12時過ぎにしか帰らないだろう。
やがて、美術館の半開きになった自動ドアの前に立った時、裕一はふと、嫌な予感がした。
いつもは優しく迎えてくれるドアの向こうの闇が、今日は入るなと警告している気がする。
(……気のせいだろ。夜に来るのは今日が初めてじゃないし)
それでも、腹の下の筋肉がきゅうっと縮むような不安は、消えなかった。――気のせいだ。自分に言い聞かせると、裕一は闇の中へ進んでいった。
暗闇の通路を、迷いなくずんずんと歩いていく。天窓から月明かりが差し込んでいたから、前方にあるホールははっきり見えていた。
光は、白い大木のすぐ脇をぼうっと照らし出していて、大木自身は闇の中に沈んでいる。
裕一はホールに出ると、静寂と共に光を浴びて立ち尽くした。何かと戦う前触れのような、ピリピリした緊張が肌を刺す。
(だから、気のせいだって)
自分一人しかいないのに、ビビってるなんて馬鹿らしい。
(……本でも読んで気を紛らわすか)
裕一はいつものように斜め掛けかばんを下ろすと、光の中心にあぐらをかいた。
それから少し時間がたった。……いつまでたっても、物語は語りかけてこない。
(……なんなんだ一体?)
さっきまですべてに苛ついてたはずだった。キンがいたら当たってやろうとさえ考えてここに来たのだ。だが、今はもうそんなこと、どうでもよかった。
――俺は、何を怖がってる?
ようやく自分の中の恐怖に気づいてぞっとした時、通路の方から小さな物音がした。
裕一はぴくっと耳をたてた。その物音は、すぐにゆったりとした調子の足音へと変わる。こちらへ、近づいてくる。
その“誰か”は、闇の中でもなお黒いシルエットを持っていた。全身黒ずくめの、小柄な人物。裕一はすぐに本を閉じて立ち上がった。
「……キン、か?」
嬉しそうな声になったことに自分でもびっくりした。――俺はそんなに怯えていたのか?
その人物は、一瞬ぴたっと動きを止めると、またすぐに歩き出した。
裕一は、何かがおかしい事に気づく。
(こいつ、キンじゃない――!?)
次の瞬間、その者は光の下に立っていた。
瑠璃色の瞳をした、美しい黒い女だった……。
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