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蒼い月に揺れる 1

[446]  ゆうこ  2008-03-18投稿

突然やってくる不幸。

それは例えば事故であり親戚や身内の死であり…または、望まない恋だ。
私は、今まさに打ちのめされていた。

明るい月に照らされた、真白い木蓮の花の下で、彼女は青白く微笑んでいた。

瀟洒な家の玄関に立ち、私を出迎えた彼女の全てが、私の「運命」を変えてしまった…。

神崎 小夜

小さい夜…彼女は月夜の精霊のようだ。

「先生、ようこそ」

銀糸を思わせる声に、内心震えが走った。
磨かれた黒い両目に吸い込まれるよう、ただ頷くだけの私がいた。

恋、とはかくも突然、やってくるものだろうか?
年齢も立場も何ひとつ障害にはならないのか?

私は汗ばむ手で画材の入った鞄を抱え、彼女に招かれるまま玄関へ足を踏み入れた。


そもそも、これは私の望まない偶然から生まれた結果だった。

私は50を前にして、グラフィックアートの世界から足を洗いたいと切に願っていたのだ。

ある程度名前の売れていた私は、妻と二人生きていける分の糧くらいは貯蓄してあった。
家のローンも終わり、あとは定年に向かうのみ…そんな状況で、全てに満足していた私は、もう要求がましいクライアントに嫌気がさしていた。

そんな時、私の恩人…売れない時代に世話になっていた代理店の主任、神崎 登が電話をしてきたのだ。

末娘が絵に興味があるらしい。
信頼している私に、是非家庭教師になって貰えないだろうかと。

私は、実際迷惑だった。
いくら恩人といえど、私をフリーター扱いするとは…と、侮辱された気さえしていた。

が。

私に断れる道理はない。神崎主任がいなければ、若かりし頃の私は食うにも困っていたはずだ。


そんなわけで、私は今、彼女を見つめるはめに陥っていたのだ。


「ごめんなさい、父が無理を言ったんですよね…こんな遅くに申し訳ありません」

古風とも言える発音が心地良い。
彼女は今時の少女たちに見られる浮いたところがなく、流れるようにしなやかで優雅だ。

「いえ…いいんです」

掠れ気味の声が零れ、咳ばらいをした。

「おお、来たか!すまないな」

私より遥かに早く戦線離脱している神崎 登は私の記憶より大幅に体積が増していた。
実に五年ぶりの再会にも関わらず、私たちの間には心配していた溝はなかった。
私は心からの笑みで彼の手を取り、力強く握りしめた。

「神崎主任…いや、神崎さん、お久しぶりです。変わりないですね」

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