蒼い月に揺れる 2
愛しい、という言葉では収まり切れない凶暴とも言える恋。
私は小夜に出会い、狂おしいという意味を知った…夜ごとに震える心臓。
とりとめのない会話のなかで、小夜がバレエを習っていること…コミュニケーションが苦手なこと…髪を弄ぶ癖のあることを知っていく。
小夜の絵は、技術もさることながら繊細で独特だった。
ロットリングで描く、細い細い線…。
それは「蝶」を紡ぎ「花びら」を、そして「死」を紡いでいく。
私はあるとき彼女に聞いた。何故、人を描かないのか。
美しい飾りピンに刺された瀕死の蝶を描く彼女の手が止まり…私を見た。
「人は嫌いです」
冷たい声。
「何故です?」
小夜の口端が上がる。
それを笑顔というなら、魂をも凍らせる。
「人って醜いと思いませんか…?」
小夜。
私の小さな夜は、その名の通り闇を抱えていた。
事実、神崎 登の本当の望みは、小夜に絵を習わせることではなく…一人の世界から少しでも離れさせる目的があったようだった。
登の妻は小夜の母ではない。
小夜は実母を殆ど知らないらしい。
上にいた姉達はもうこの家にはおらず、その頃から小夜は自分の世界に篭っていったという。
そんな小夜を継母は疎ましいと思い、また父は心配で堪らないようだ。
「変わった娘でしょう。手に負えませんわ」
何気なく放った妻の言葉と、それを咎めるような表情で聞いていた登の、その一場面だけでも、内情が垣間見えるというものだ。
登としては、ごく普通の若い女性の楽しみを見つけて欲しいのだろう。
「よろしく頼む」
その言葉の響きに、重たいものが混じっていたのではなかったか。
今にして思えば…だが。
小夜は黒目がちな瞳を見上げ、瞬いた。
「先生って変わってるわ…どうしてそんな風に私を見るんですか」
君が好きだからだ。
「いや、不思議だと思ってね。君は充分、人間を美しく描けるのに」
「人、という種族が醜いわ。私にはグロテスクにさえ見えるんです。
…変かしら。私、あの人に言わせると頭がおかしいらしいわ」
あの人…とは継母だろうか?
小夜は虚ろに大きな瞳を窓へと向けた。
「星だって遠いから美しいの…。月をご覧になったことある?
幻滅しちゃうわね?」
小夜は笑った。
艶やかな黒髪を指で梳きながら、楽しそうに。
その一瞬、小夜を殺せたら…と感じていた。
この笑顔を
自分だけのものにしたい
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