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落花流水、2話。

[361]  夢の字  2008-05-07投稿
「やっぱりもう、限界なんだよ」
 
 よくある地方都市の、郊外にあるひとつのアパート。十階建ての七階の位置に俺はいた。非常階段の踊場。もうじき暮れとなるこの時期は、空気も風も酷く冷たい。携帯を握る手が寒さに震える。暖をとりたい、と思わずにはいられない。冷える。心まで。

「運動は出来ても勉強は出来ない、元気だけが取り柄の女の子。いっつもニコニコしてて、悩みなんか無いみたいな娘。それがあたし」

 握りしめた携帯の向こうから、擦り切れそうな少女の声。否、実際擦り切れているのだ。彼女の心は、この曇天のような灰色の日常に。

「クラスの皆だけじゃなくって、先生にまで頼られて。色んな事を押し付けられて、それでも嫌な顔一つしない」
「……理想的、とは言えませんが。随分と魅力的な女性だったんですね、貴女は」

 そう相槌を打つと、淡々と話すだけだった彼女の言葉に僅かながら色が宿る。渇いて響く、自嘲のような笑い声。

「あはは、ありがと。けど、さ。そんなのはやっぱり、まやかしでしかないんだよ。一生懸命取り繕った、つぎはぎだらけの醜いあたし」
「……」
「知ってる? あたしが本を読むのが好きな事。こう見えて結構、可愛いものが好きな事」
「誰しも人は少なからず、そうやって仮面を被るものですよ。貴女が異常な訳では有りません。寧ろ、そうやって仮面を被らずに生きていける方が異常なのです。だから貴女は何も恥じる必要も無い」

渇いた言葉で自傷する、彼女に心ばかりの世辞を送る。それは事実だ。何の慰めにもならない。それを知っていながら選んだ俺は、他でもない偽善者なのだろう。それでも俺は、彼女を傷付けるしかない言葉を続ける。

「貴女はよく、頑張りました。そして限界を超えてもまだ頑張ろうとして居る」
「うん」
「もう、良いですよ。もう休んでも。辛かったでしょう。苦しかったでしょう」
「うん」

 携帯の向こうの声は、涙ぐんでいる。終わりが、限界が近いのだ。だから俺は言葉を以って、その背中を、優しく押した。

「今まで本当に……お疲れ様でした。後はゆっくり、休んでください」

そう言い切ったと同時。通話を切り、天を仰ぐ。12月の空は覆いかぶさるような陰鬱な曇天で、そして。


どこか近くから、聞き慣れた、肉の潰れる音が聞こえた。

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