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落花流水、3話。

[407]  夢の字。  2008-05-08投稿

 どれくらい、そうしていただろうか。実際には数えるまでもない刹那の事だろうが、何をするでもなく曇天を見上げていた俺は、携帯を床に落とし、踏み砕いた。プラスチックが砕ける音が響き、呆気なくそれは役目を終える。勿体ない、とは思わない。何の感傷も無い。どうせこれも仕事用の携帯……何処の誰ともつかない人間に醐鴉が用意させた物だ。足が付かないように早めに処理しておくのが吉だろう。
 近くから人の叫び声が聞こえる。恐らく、というか十中八九先程の彼女が発見されたのだろう。只今の時刻は11時32分。幾ら住宅地とは言え、この時間帯は人通りが少ない。大した騒ぎにはならないだろうから、俺は携帯の残骸を階段から蹴落とし、その場所を後にすることにした。騒ぎの反対方向に向け、足早に立ち去る。
 非常階段を降りきった時、一瞬彼女の死体を確認しに行こうかと思ったが、止めた。誰かに見られることになり、それが回りに回って何らかの不利にならないとも限らない。だから足のつくような行為は、出来るだけ避けた方がいい。
 自分に言い聞かせ、その場を離れようとしたその時、視界の端を人影が横切った。黒衣の、少女。何処かで見覚えのあるような、それを視認し……急いで物影に隠れようとする。が、人影は特にこちらを気にした風もなく、騒ぎの中心――彼女の死体が有るであろう場所へと歩いていった。……野次馬か? にしては、何か違和感が有るような気がする。だが、そうそう気にしてはいられない。早くこの場を離れなければ。人通りが少ないとはいえ、いよいよ騒ぎが大きくなってきたような気がする。であれば、このままこうしていれば見つかるのも時間の問題だ。今度こそアパートを離れ、住宅地を抜け、駅前へと出る。この間、誰かに見咎められるような事は無かった。
 平日の昼、というだけあって、駅前にも人通りは少ない。夕方にでもなれば、放課となった学生で賑わうのだろうが……今はただ、閑散とした、それでも穏やかな空気がその場を支配していた。
 その大通りを抜け、一つの喫茶店に入る。喫茶店『All Blue』。俺が愛用する、お気に入りの喫茶店。暖色系の配色と木目丁の色彩が優しい場所。そこで俺は、コーヒーを注文して待ち合わせの相手を待つことにした。

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