落花流水、4話。
「いよぅ、百目。相変わらず湿気た面してんなァ、お前は」
いつもの、お気に入りの喫茶店。待ち合わせ相手は約束の時間から10分遅れでやってきた。逆立った短い茶髪に、太く凛々しい眉。泣きぼくろが付随する垂れ目に、口許には人懐っこい笑み。顎に残る不精髭と、だらしの無い服装を正せばそれなりに見られる外観の男――名前は知らない。ただ、『醐鴉(ごがらす)』と俺は呼んでいる――が、笑いながら椅子を引いて、俺の対面の席へと座った。
「待ち合わせに遅れた分際でその言い草はないだろう、醐鴉」
「悪ぃ悪ぃ。ちょっとばかし本業のほうが忙しくてさ」
「俺としては、失礼な物言いのほうを謝ってほしいんだがな……まぁいいさ。とっとと用件を話せ。今日は、早く帰ってゆっくり休みたいんだ」
溜息混じりに呟かれた俺のその言葉に、醐鴉が怪訝そうな顔を浮かべる。けれどそれも一瞬のことだ。俺の態度の理由に思い当たったのだろう。醐鴉は納得したような、苦虫を噛み潰したような、或いはその両方を浮かべようとして失敗したような……そんな奇妙な表情になった。
「はぁ……仕事熱心なのもいいけどよー。いい加減にしねぇと体壊すぞ?」
「大きなお世話だな。お前に心配される必要はない」
「は。ツレねぇのも相変わらず、か。ま、仕事あがりでささくれ立ってるのも分からなくもないんだけどな。もうちょっと円滑なコミュニケーションって奴を試みてみようぜ? 減るもんじゃなしに」
「ああ、確かに減る物じゃないな。精神的負担が、増えていくのが分かるよ」
「……ったく、やれやれだぜ」
醐鴉はそう言って、呆れ顔で大仰に肩を竦めてみせ、対するこちらは何を言うでもなく、手元のコーヒーに口を付けた。香ばしい香りと、やや酸味の強い味わいが口の中に広がる。旨いのかどうかは分からない。そもそも俺はここ以外でコーヒーを飲んだことがない。
俺がコーヒーを飲むのを見て、醐鴉は自分が席についてから何も注文してないことに気付いたのだろう。マスターに声をかけ、オーダーをとろうとする。が、
「……マスターなら寝てるぞ。5分程前から」
「げ。マジか……」
俺が視線で示した先、店の一角に(何故か)設えられたソファスペース。店内にそぐわないその場所で、マスターは健やかに眠りこけていた。
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