「君の名前は？」


フリッツは突拍子もない質問だと思いつつもこの嫌な雰囲気に耐えられなかった。


「メアリー・ベルです。あなたは？」


少女はフリッツの突然の問いにも笑顔で応えてくれた。


「良い名前だ。俺はフリッツ・ハールマン。」


自分から振っておいて次の言葉が見つからない。「良い名前ですね」と言ってまた少女は街案内を続けた。


30分くらい歩いただろうか。一通り街を案内したベルは久しぶりに質問してきた。

どうやらフリッツが今晩泊まる宿の事が気になっていたらしい。


「実はこの地区には泊まる所が無くて…。この先の地区にはあるんですがそこへは通行証が無ければ入れないんです。うちに泊める事は出来るんですが…」


ベルは最後に一言すみませんと言って申し訳なさそうに頭を下げた。


「…それは仕方ない事だ。宿は自分で探す。初対面の女性の家に泊まるわけにはいかないしな」


頭を下げられたフリッツは少し戸惑った。


それを聞いたベルは首を横に振った。

自分の家にフリッツを泊める事は問題ないらしい。

ただ自分のような女の家に泊まったとなるとみんなから白い目で見られるのではないかと、その事を気にしていた。


それを聞いたフリッツはポツリとつぶやいた。


「じゃあ君の家に泊めてくれ」


ベルは目を丸くして、でも…と言いかけたがフリッツはそれを遮った。


「俺は気にしていない。むしろ他人を罵るような連中よりベルのほうが信用できる。」


フリッツはずっとこの事を言いたかったのかもしれない。

汚い言葉で罵るあの男と同じだと思われたくなかった。

なにより異世界から来た見ず知らずの男に優しく接してくれた健気な彼女の心を傷つけたくなかった。


そのときフリッツは初めて彼女の本当の笑顔を見た。


「ベルって呼ばれるの久しぶりです」


そう言って彼女はまた歩きだした。

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