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朝野と夢野──本来の自分──8

[361]  京野一芽  2008-05-11投稿
とても切なく、ぼくの記憶に花の残像が刻まれていく。
橙(オレンジ)の色は落ち行くごとに鮮やかさを失って赤黒くなっていった。くすんで暗く、生気がない。それはナイフを突き立てるようだ。
ナイフを抜き取ったときの飛沫(しぶき)は以前のように、ぼくを奮い立たせることができるだろうか。
「過去」「現在」「未来」すべての言葉が重苦しい。
こういうぼくは、大地震で倒壊した家屋に下敷きにされ、そのうえ重々しく降ってきた骨組みに軟らかな体を造作なく刺し貫かれている、それのようなものじゃないだろうか。
微かな命を用いて、耐震技術のことを思ってみたり、救助活動のことを思ってみたり、為す術もなくただ立ち尽くしている人たちのことを思ってみたりして、しかし自分では身動きができなくてどうしようもなくて、じれったいほどに息は絶えず冗長で、自分で押しきって息するのを止(や)めれば済むものをいつまでも未練たらしく往々ある火事のことを恐れている、それのようなものじゃないだろうか。
ノウゼンカズラ──すでに花とも人間とも言えない、おぞましい悪魔的存在に変貌(へんぼう)してしまった──が、仮住まいの闇の中から抜け出、遠く固いアスファルトに落ち弱々しいライトの明かりを受けると、ぱっと真紅に燃え広がった。
それは火事のようでもあった。
ぼくは、花を見届けてから何とはなしに口元に手を近づけると、うわずった興奮を象徴している手の内側にかいた大量の汗から、ノウゼンカズラの残り香とは明らかに違う、酸化した鉄のような血なまぐさい臭いが発せられていることに気がついた。
ぼくは吐き気を覚え、一種の興奮を覚え、全身に隈(くま)なくわたる悪寒を覚え、そして、やっと非常な運命の筋書きを受け入れた。

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