一週間 五章 死体
「そんな…何故だ…」
祐輔はハンドルに額を押し付けたまま動かない。
「何故…俺が一週間の歌を知ってる…いや、俺は知ってる…この歌を…」
その時だった。祐輔の脳裏に悠子と交わした最後の会話が鮮明に蘇った。
「違う…あの時悠子は『一週間の歌知ってる』て言ったんじゃない…『知ってる』じゃなくて…『覚えてる』て言ったんだ!」
祐輔は顔を上げてアクセルを踏み、車を再び別荘へと進めた。
「俺と悠子はこの歌を聞いたり歌ったりしていたってことか…俺たちの田舎の歌…いや、ストロガノフとかピロシキは…やっぱりロシアの歌だよな…」
混乱しながらも、祐輔は歌の続きを思い出そうとしたがなかなか出てこない。まるで自身がそれを拒んでいるかのように。
大林教授の別荘は、山奥の一軒家だが一応、申し訳程度にアスファルトの敷かれた道路が駐車スペースの側まで通っていた。
祐輔がその駐車スペースに車を停めた頃には、辺りはすっかり闇に覆われていた。
そして、祐輔がエンジンを切ろうと車のキーに手を伸ばすと同時だった。
うわーー!
ガタン!ゴトッ!ガッシャン!
悲鳴とともに家具の倒れる音や瀬戸物の割れる音がした後に、左手で何かを抱えた男が慌てふためきながら飛び出してきた。
そして、祐輔の車のヘッドライトの光に浮かび上がったその顔は…牛嶋だった。
「牛嶋!」
しかし牛嶋は、祐輔に気付く余裕もないくらいに怯えた様子で、道路脇に停めてあった車に飛び乗って、急発進して去っていった。
祐輔が開きっ放しになった玄関から中を窺うと、暗がりの中、牛嶋が落としていったと見られる懐中電灯に照らされて、倒れた椅子と、割れた花瓶の破片が散らばっているのを垣間見れた。
懐中電灯を拾って中に進むと、またドアが開きっ放しになっている部屋が在る。
懐中電灯で、蛍光灯のスイッチを探し明かりを点した瞬間、祐輔は息を飲んだ。
「大林教授…なのか…」
書斎と思われる部屋。その机の向う側で、身をよじり腰掛ける死体が一体、顔は激痛に歪み、開いた指は全てくの字に曲がっている。
どす黒く変色したその骸の内臓は、まるで食い尽くされたかの如く、無くなっていた…。
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