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落花流水、14話。

[365]  夢の字  2008-05-27投稿

 犬だ。直感的に、そう思った。思い出されたともいうが、この際文学的な表現はどうでもいい。
 気がつけば俺は行きつけの喫茶店でコーヒーを啜っていて、仕事の疲れを癒そうとしている。いつもそうだ。仕事あがりには必ずこの“All Blue”でコーヒーをホットで一杯、じっくり時間をかけて飲む。そういう風に出来ている。条件反射、という奴だ。パブロフがベルを鳴らせば犬が唾液を零すのと同じように、俺は仕事が終わればコーヒーを飲む。例え何が有ろうと、だ。
 今回の仕事は夜だったので、当然の如く入口にはクローズの札が掛かっていたが、明かりが点いていたので遠慮なく上がらせてもらった。ドアを開けるとからんころん、とドアベルが慎ましやかに招かれざる客の訪問を告げ、中に居たマスターは船を漕ぐのを止め、寝ぼけ眼を擦りながらソファから立ち上がった。何かを言おうと口を開け、欠伸を一つ。相変わらず、マイペースな人だ。自然と、苦笑が漏れる。

「こんばんは、マスター。少し、場所借ります」
「ぁふ……ん。おはよう、めーくん。何か食べる?」
「コーヒーを一杯。それと、軽い物を」

 ふやけた顔で「分かった」と笑いキッチンへ向かうマスターを見送り、俺は逡巡した後テーブル席に座る。こういう場合、いつもはカウンターに座るのだが、今日は少々都合が悪い。

「……マスター、変わった人だね」
「良い人だよ。少なくとも、俺やお前よりは」

 マスター。黒の柔らかなショートボブの、優しげな女性。歳は多分二十前半。母性、と言うのだろうか。全てを包み込むような穏やかな雰囲気を持つ、この店の主人。顔見知りとは言え、営業時間外に他人を招き入れるような人。見ていて安心できるような、危なっかしいような、相反する要素をもった……まぁ、なんだ。俺のようなあぶれ者とは似ても似つかない人だ。

「今日会ったばかりの君に私の何が分かるって……ま、いいけど」
「だな。ほら、お前も座れよ」
「では失敬して」

 少女はそう言いながら椅子を引いて座り、ほぅ、溜め息のような物を漏らした。

「……妙な事になったもんだな」
「お互いに、ね。まさかお仕事先に見鬼が居るなんて」
「けん、き?」
「見る人。見える人。視界と主観と世界の間に少しの“ずれ”があって、見えないはずの異相が見えてしまう人。それが見鬼」

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