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キヲクとの和解

[347]  アイ  2008-06-04投稿
くだらないキヲクを捨て、あたしは走り出した。
どこまでも。
光よりも速く走った。
ただひたすら、ここから逃げ出したかった。

キヲクはあたしの背後から叫んだ。

世界を知ったんだ。
いろいろな人に出会ったんだ。
苦しみを知ったんだ。
悲しみを知ったんだ。
だから……。

聞きたくなかった。
溢れ出る涙をむちゃくちゃに拭いながら、あたしは走り続けた。

いらない。
いらないよ。
傷ついたキヲクなんて……。

全部全部忘れたくて。
最初からやり直したかった。
ここではない場所に行けば、なんとかなると思った。

キヲクは悲痛な声で叫ぶ。

本当に?
本当に全部捨ててしまっていいの?
忘れていいの?
楽しいこともあったのに。
幸せなこともあったのに……!

あたしは静かに首を振る。

もう嫌なの、何もかも。
喜びも、悲しみも、なかったことにしたいの。
それを越える虚しさが、胸を覆うから。

キヲクも泣いていた。
そんなこと、あたしが言う前から、キヲクは知っていた。
キヲクだから。
何よりも、彼自身だから。

悲しいよ。
ボクは悲しい……。

キヲクが泣いていた。
心が痛かった。
心の輪郭を撫でてみた。
たくさんの傷が、ざらざらと手のひらに触れた。

あたしは立ち止まった。
キヲクはすぐ背後にいた。
ぼろぼろに泣き崩れて。
存在を否定されて。
今までのキヲクも、今のキヲクも、すべて否定されて。

それはあたし自身を否定することだった。

あたしは振り向くことができなかった。

まだ怖かった。
今までのキヲクを背負うのが怖かった。
増えていくキヲクを背負い続けるのが怖かった。
もう、傷つきたくなくて……。

でも。

あたしはキヲクに話しかけた。

いいよ。
戻っておいでよ。
一つになろう。
あたし、強くなるから。
アンタを背負って、何度でも立ち上がるから。

ここで生まれたキヲクがある。
ここでしか生きられないあたしがいる。

だから。

あたしはキヲクと一つに戻った。

優しくなんかない。
いつも胸を苦しく締めつけるだけのものだけど。


あたしは今日も、この憎く愛おしいキヲクと共に、生きている。

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