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花の調べ

[629]  朝倉令  2006-05-15投稿


「お帰りなさい。 ……あら、今日はどうしたの?
ネロと一緒だなんて」



黒猫を腕に抱えて戻った僕を、妻の薫がもの珍しそうな顔で見ていた。


ネロはもともと僕の飼い猫だったのだが、今はどちらかと言うと薫の方に懐いているためだ。



そもそも猫にとってご主人様とは『餌を与えてくれる人物』と同義語?……



…まぁ、僕のそんな些細な疑問を知る由もなく、こいつはゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らしているのだけど。






「……あなた、何処へ行ってたの?
何だか、体から甘い香りが漂ってくるけど」



それこそ猫の様に鼻をひくひくさせていた薫が、けげんな顔をする。



「ああ、〈花の館〉にいたからだよきっと」



僕は先程の、ちょっと不思議な体験を妻の薫に話してみた。



もともと僕らは何気ない会話でも大事にしている。


それに正直な所『誰かに話したくて、ウズウズしていた』というのが大きい。



思った通り薫はその話に強い興味を示し、相づちをはさみながら身を乗り出すようにして聞き入っていた。



「う〜ん、ちょっと口惜しいなぁ……
そうだわ!じゃ、今度は私も連れてって頂戴?」



まるで名案でも思いついた様にポン、と手を打った薫が急にそんな事を言いだした。



「え?…… 別に構わないけど。
それなら、次に行くときは薫も誘うよ。 久しぶりに夜の散歩と洒落込む?」


「うふふ… 楽しみだわ。花の妖精さんのピアノを聴けるなんて、滅多にない事でしょ?」



(いや、妖精じゃなくて幽霊なんだけど……)



…という内心の突っ込みはおくびにも出さず、僕は微笑んだまま、黒猫ネロのなめらかな毛並みに指を遊ばせていた。






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