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コドモノウタ

[692]  ゆうこ  2008-06-07投稿
雨だ。
霧雨のような、細く柔らかい初夏の雨。
スーツに染み込んできて歩みを重くする。

会社帰り、僕は人通りの少ない路地を進む。
死んだように静かな夕暮れ…雨のせいで家並みまで灰色にみえる。

前方に自動販売機が、白く輝いていた。
喉は渇いていなかったが無機質な明かりに惹かれる虫のように、僕は近づいていった。

雨に洗われたディスプレイ。傘をさしていない僕が見つめ返している。
ふっとその奥に映る、電話ボックスが目に入った…真っ赤な人影が中にいる。

僕は反射的に振り返った…やはり、ない。

電話ボックスがない。
もちろん赤い人間なんていない。

が。

自動販売機のディスプレイには、ハッキリと映り込んでいる…鮮やかすぎるくらいに。

僕はぞっとして…また歩き始めた。

気のせいということにして。

鬱々とした雨のみせた幻…幻…幻だから。

路駐してある車を通り過ぎた時、僕はずっと離れた場所にいる血の粒のような人影を見た…気がした。

駅に着く。

ガラガラの車内で、真向かいのガラスに、僕と赤い人間が一緒に並んでいる…ように見えた。

髪の毛もない。
目も鼻も口もない。
服も着ていない。
肉の塊を人間の形に整えたような代物。

僕はおかしい。


こんなものが見えていると感じる「僕自身」がおかしい。

明滅する車内。

違う、僕が瞬きを繰り返しているだけ。

0・1秒、またたく度、
赤い人間が僕の方を見る
肉塊が振り向き、真正面を見つめる僕を見つめている。

キノセイ

キノセイキノセイキノセイキノセイキノセイ…


ソレが僕の耳に顔を寄せる。



僕は膝に乗せていた鞄を取り落とした。




ま っ てた ぼ くが みえ る ひ と

聞こえない。
僕には何も聞こえない。




そ れ は










きょ うき の
は じま り







肉塊は僕に触れ


僕の内部に はいり こみ


僕 は 消え…





なんなのかしら、あのサラリーマン…。

真っ青になったかと思えば、今はニヤニヤして…気味悪いったらない。

老女は、はす向かいに座る男に不安を覚え、よろめきながら車両を移動するため腰を浮かした。



これから起こる惨劇の匂いに気付いたように。

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