落花流水、19話。
まぁ、いいんだけと。そう言ってマスターは自分の為に入れたコーヒーを持ってソファスペースへと戻っていった。経営者としてあの態度はどうなのだろうか、と言うのも今更か。もう一口、オムライスを口に運ぶ。
「んー……まったりするねー。最近殺伐としてたから尚更」
「俺はこの方平和だがな。あれ以降仕事もないし」
「それは、私も一緒だけど。なんか最近お亡くなりになるお方が多くって。……特に、自殺が」
「半分は俺関連だろうな。最近は依頼も、自分で見つけてくるのも多い……と、思い出した」
ケーキにフォークを突き立てながら、少女が視線を上げる。そこには怪訝そうな色が浮かんでいた。
「そういえば、俺はお前を見たことがあるかもしれない」
「え、何処で?」
「仕事先で、だ」
前々回の仕事の時。あのアパートから下りて来た俺が見かけた黒衣の少女……あれは、こいつだったのではないだろうか。遠目で分かりにくかったし、人目を気にしていた分確信は持てないが……今思い出すと、あれはこの少女だったのではないか、と思えてくる。それだけではなく、何回かそれを見たことがあるのだ、この俺は。勿論仕事先で、誰かが命を絶った後、だ。
「ああ、そだね。その日は私もそこに居たよ。あれも百目の仕業だったんだ」
「人聞きが悪いな。別に俺が殺してる訳じゃないだろう?」
「…………ま、いいけど」
「? なんだよ、変な奴だな」
変な奴、と言われたことに腹を立てたのだろうか。少女は不機嫌そうに唸りコーヒーを啜る。が、一口飲んで更に顔をしかめ、「苦い」と呟いたかと思うと近くにあったシュガーポットから砂糖を、
直に。
「………………入れすぎだろう?」
「私、甘党だから」
「…………」
こいつはいつか糖尿病になるのではないのだろうか。いや、人体組成が違うのか? なんにせよ、見ているだけで口の中が甘くなる……。それに耐えられなくなって、目を反らした。その先で醐鴉がにやにや笑いをこちらに向けているのが視界に入り、気分が悪くなる。
「そういえば、お前は他人には見えないんじゃなかったのか?」
「ん。性格には“見えるひと”以外には、だけど」
「奴には見えているように見えるが」
そう。喫茶店に入ってきた時からあいつはそうやって絡んでくるし、マスターに至っては注文を取ってさえいた。これはどういうことなのだろう。
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