Killing Night Freaks/prologue
走る。走る。走る。走る。
絵の具を塗り固めたかのような漆黒の闇の中、一寸先すら分からない真夜中の道を、彼女はただひたすらに走っていた。振り回す腕は宙を泳ぎ、ばたつく足は些細な凹凸に躓きそうになる。それは誰かが見れば鼻で笑うであろう無茶苦茶なフォーム。けれど彼女は、必死だった。傍目にはどんなに間抜けに映ろうとも、全力で……逃げなければならない。
そう、彼女は逃げていた。背後に迫る何かから、不様に、惨めに、逃げていた。
運動不足で痛む足。酸素不足で軋む肺。背筋に走る恐怖、恐怖、恐怖、恐怖。そのどれもが耐え難く、また、か弱い少女に耐え切れる物では無かった。
少女が走り続けて十数分。ついに足が縺れ、少女はアスファルトの上に身体を投げ出してしまった。ざらざらした地面に強く打ち据えられ、肘や膝を擦りむく。痛い、と。零れそうになった弱音が音になることは、無かった。
「ひっ……」
怪我の具合を確かめようと後方に向けた視線、しかしそれは傷口を捉える事なく別の物に吸い寄せられていた。倒れた少女よりも数メートルの距離。闇夜に浮かんだ無数の瞳。くすんだ赤色に輝くそれらは、少女と目が合うと、にぃ、と笑った。
「――っひ」ぞぶりと喉元に突き刺さった牙が悲鳴を遮り代わりに迸しった赤が空間を埋めた。誘われるように、赤色の瞳が少女の身体に殺到する。
大腿に牙が突き立つ。右足を根本からむしり取られ宙に玩ばれて消失した。同じようにして、四肢を全て。
脇腹に牙が突き立つ。柔らかな肉を突き破り臓腑にまで至った口腔が小腸を啜り引きずり出した。
右の乳房に牙が突き立つ。一飲みにされ、アンバランスになった胸部が場違いに可笑しかった。けれど左胸も引きちぎられて平になる。
貪り喰われ、消失していく肉体の損傷に従い溢れ飛び散る血が地面と少女とソレを汚し赤く染め、粘ついた水音が脳髄に反響する。けれど不思議と痛みは無く、ただ、鋭い牙の冷たさだけを肌に感じていた。視界は固定され動くことはなく、無くなっていく身体を漠然と映し続けている。そして頬に当たる濡れた牙の感触を最後に、少女の意識は消失した。
樋泉杏華、17歳。考えられる中でおおよそ最悪の幕切れ、最悪の死だった。
但し、一度目の。
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