落花流水、23話。
その日の天気は、雪だった。鬱々とした曇天から降り注ぐ結晶は、その白色の下に全てを押し殺していく。音を。光を。俺の思いを。今しがた飛び降りた誰かの死体を。
「おまたせ」
薄らと積もった雪を踏み締めながら、黒衣の少女が走り寄って来た。息が白い。それを見てふと、所謂イキモノでなくとも息は白いのだな、と場違いな思考が頭を掠めた。
少女が隣に並んだのを確認し、歩き出す。足元で俺と少女の体重を受け押し潰された雪が、さくさくと抗議の音を立てた。構わずに歩く無感動な俺に対し、隣を歩く少女は顔を綻ばせて足元の感触を楽しんでいるようだった。微笑ましい光景。人死にの後だと言うのに、口元が緩んだ。……少女に対するそんな感情に、前ほど否定的ではなくなったのは何故だろうか。まぁ、どうでもいいことだ。
少女と出会ってから、二週間。あれから二度目の仕事をした、そんな日の事だった。
落花流水、第二節。
『例えば明日死ぬとして』
……そんな文句が流行るのに、今の時代はちょうど良い様だ。長らく続く不況。頭打ちの科学技術。何の打開策も見つけられない政治家。明日の先行きは常に見えない。
子供たちは将来の不安から目を背けて刹那に生きる。生まれた不和は誰か一人を迫害することで解消され、害された人間は一人世界を呪いながら磨耗する。
大人たちは身を粉にして働くも、犠牲の割に見返りは小さい。歳のいった父親は家庭では邪魔者扱い。母親は雑事にかまけて生き甲斐を失う。
どこまでいっても混迷した、救いようがない世界。だからこそ、彼等は自らに問うのだ。例えば明日死んだとして、自分に何の不都合があるのだろうか、と。
そういった言葉は大概一笑に付されるものの、真剣に考える者も稀に居る。何処かに行こうにも行き詰まった、人生の袋小路に迷い込んだ者達だ。救いようがない彼等に、せめて終わりを与えようと、俺は今日も仕事に励んでいる。……傍らに、黒衣の少女を引き連れて。冬の町を練り歩く。
「ただいま」
「お帰りなさい、お邪魔します」
市内に有る住宅地の、何の変哲もないアパートの一室。三階の端に有る部屋が、俺の居宅だ。掲げられた表札には知らない名前が踊っている。偽名。念には念を、というやつだ。こういった職業はどの時代でも、気をつけ過ぎるなんて事は無い。
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