蝉の音?
涙も枯れた佑子は立ち上がり、台所の収納から包丁を取り出し、それを腹に刺した。迷いは無く、包丁は佑子の腹を指し貫いた。血液がどんどん溢れ、呼吸が巧く出来なくなる。
その時、電話が鳴った。何故か佑子は電話に出なければと思い、力を振り絞って電話に出た。相手は先程出て行った長男だった。長男は声を荒げ、三男がいつの間にか見当たらなくなった、そちらに行っていないかと訊いた。佑子が答えない間に、玄関の扉が開いた。そこには三男がおり、彼はママ、と叫んだ。長男もその声に気付き、今から行くと言い、電話を切った。
受話器を戻す体力は無かった。佑子は、三男に近付こうとしたが、三男は佑子の腹を濡らす血に気付き、驚いて逃げてしまった。待ってと叫ぼうとしたが、もう声は出なかった。佑子はその場に倒れ、意識はしだいに薄れていった。それでも床を這い、三男を追い掛けようとした。あの子だけは、まだ私を母親と思い、会いに来てくれたのだと思うと、まだ死ねないと佑子は感じた。
玄関まで何とかたどり着き、外に出ると、車のブレーキの音が響き渡った。佑子は、息子が車にはね飛ばされる瞬間を目撃して、絶命した。
蝉の声が、また辺りに響き始めていた。
佑子と三男の葬式の日も、蝉は五月蝿く鳴いた。
残された長男と次男は、暫く放心していた。長男は、自分が弟二人を母から引き離そうとしたことを悔やみ、次男も三男から目を離したことを悔やんだ。
喪主は、佑子の兄である伯父が務めたが、伯父は、佑子とは十年近く会っておらず、三男については、存在すら知らなかった。長男も、彼の連絡先こそ知っていたが、連絡を取るのは初めてだった。何度も母が金の催促を断られているのを見ていたので、連絡など出来なかったのだった。
伯父は、佑子に対しては冷たい言葉を投げかけたが、残された二人の甥と、死んだ三男に対しては労いと悼みを口にした。長男と次男には、これから生活の援助もすると約束した。
母と弟を一度に亡くした二人に、伯父の言葉は救いとなった。半年後、その伯父が二人の預金を奪って行方を眩ますとは、この時の二人にはまるで予想出来なかった。
二人は、自分達だけで生きていくことを、決意するのだった。
-終-
その時、電話が鳴った。何故か佑子は電話に出なければと思い、力を振り絞って電話に出た。相手は先程出て行った長男だった。長男は声を荒げ、三男がいつの間にか見当たらなくなった、そちらに行っていないかと訊いた。佑子が答えない間に、玄関の扉が開いた。そこには三男がおり、彼はママ、と叫んだ。長男もその声に気付き、今から行くと言い、電話を切った。
受話器を戻す体力は無かった。佑子は、三男に近付こうとしたが、三男は佑子の腹を濡らす血に気付き、驚いて逃げてしまった。待ってと叫ぼうとしたが、もう声は出なかった。佑子はその場に倒れ、意識はしだいに薄れていった。それでも床を這い、三男を追い掛けようとした。あの子だけは、まだ私を母親と思い、会いに来てくれたのだと思うと、まだ死ねないと佑子は感じた。
玄関まで何とかたどり着き、外に出ると、車のブレーキの音が響き渡った。佑子は、息子が車にはね飛ばされる瞬間を目撃して、絶命した。
蝉の声が、また辺りに響き始めていた。
佑子と三男の葬式の日も、蝉は五月蝿く鳴いた。
残された長男と次男は、暫く放心していた。長男は、自分が弟二人を母から引き離そうとしたことを悔やみ、次男も三男から目を離したことを悔やんだ。
喪主は、佑子の兄である伯父が務めたが、伯父は、佑子とは十年近く会っておらず、三男については、存在すら知らなかった。長男も、彼の連絡先こそ知っていたが、連絡を取るのは初めてだった。何度も母が金の催促を断られているのを見ていたので、連絡など出来なかったのだった。
伯父は、佑子に対しては冷たい言葉を投げかけたが、残された二人の甥と、死んだ三男に対しては労いと悼みを口にした。長男と次男には、これから生活の援助もすると約束した。
母と弟を一度に亡くした二人に、伯父の言葉は救いとなった。半年後、その伯父が二人の預金を奪って行方を眩ますとは、この時の二人にはまるで予想出来なかった。
二人は、自分達だけで生きていくことを、決意するのだった。
-終-
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