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四番街の天使3

[460]  ケィ。  2008-10-03投稿
男が帰ってきたこと、その黒い羽根のことを街の噂で聞いた時から、自分がどうすればいいのか、ずっと考えていた。

だからもう、爪先がエア・ポートの縁に触れても、怖くない。


「あのね、私ね。」


怖くはないけれど。


もう少しだけ。


「ずっと、みんな本当はどんな気持ちで飛んでくのかなって思ってたんだ。」


男は少しずつ、天使に近づいていく。


「キラキラした空には希望っていうのが沢山浮かんでて、みんなそれを捕まえにいくの。」


男が、天使の隣に並んだ。二人で、眼下に拡がる雲の海を眺める。

「それから、雲の下には、自分のことを待ってくれてる人がいる。それって、素敵だよね?」
「あんたには居ない。飛べないから。」



「君には、いるかも。」

天使は、頭一つ分大きくなった、かつての少年を見上げた。

「まだ、君を待ってるかもしれない。」

男は不機嫌そうに眉をしかめた。
「何が言いたいんだよ?この羽根でまだ天使やれっていうのか?」
「それは、君が決めることだよ。」
透き通った瞳で、言う。


そうして街を振り返る。少しだけ名残惜しむように。


「それに、分からないじゃない?私だって、本当は飛べるかも知れない。」


焼き付けるように目を閉じた。



「透明な羽根が、あるかも。」



後ろに一歩、踏み出した。それだけで天使の体は、空に投げ出された。

不意に強い風が吹いて、その体を拐っていく。
まるで、飛んでいるみたいに見えた。

透明な羽根が、あるかのように。







目を開けると、綺麗な、本当に綺麗な青空が見えた。
天使は柔らかな草の上に横たわっていて、土と緑と花の匂いがした。
傍らには、黒い羽根の堕天使が、木に躰を持たせかけて休んでいた。

「どうして…」

「どうしてあの時飛べなかったのか、やっと思い出したんだ。」

天使が、不思議そうな目で男を見た。その子供のような目を、男も見つめ返す。

「振り返ったんだ。あんたがまだ、あそこに立っているか、俺のこと、ちゃんと見てくれてるか、確かめたくて。
そうして、バランスがとれなくなった。」

男は微笑んだ。あの日の、少年の面影を宿して。

「…待っててくれて、ありがとう。」

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