宛先のない手紙
僕はその手紙の端をそっと放した。
宛先は書かないでいた。
でも届いてほしい、なんていう矛盾な念いを抱いていた。
これが何通目か判らない。宛先が無い、と何度も帰ってくる綺麗なままの手紙たち。
宛先があるならば書きたい。
およそ亡くなった人に宛てた手紙を運ぶ人はいないだろう。
それに宛先を天国とは書けない。
彼女は天国に行けるほど善き人だったとは言えない。むしろ今頃
罰を受けていると言えるかもしれないからだ。
なのに僕は彼女に手紙を書き続けている。
届かないことを知りながら。
ただ自分の淋しさを紛らわすためだけに
宛先のない手紙を投函し続けている−。
彼女を初めて見たのはそんな変わらない毎日を送るためにポストへ向かったある日だった。
彼女の潤んだ目が見つめているのはその手に握りしめたくしゃくしゃの手紙だった。
そして涙を零しながら
少し乱暴にポストに押し込んだ。
暫くポストを見つめた後
彼女は足早に通りの奥に向かっていった。
その次の日、変わらない日常を送るため、僕はまたポストへ向かった。
昨日の彼女がいるか−という拙い思いを抱きながら。
つづく
宛先は書かないでいた。
でも届いてほしい、なんていう矛盾な念いを抱いていた。
これが何通目か判らない。宛先が無い、と何度も帰ってくる綺麗なままの手紙たち。
宛先があるならば書きたい。
およそ亡くなった人に宛てた手紙を運ぶ人はいないだろう。
それに宛先を天国とは書けない。
彼女は天国に行けるほど善き人だったとは言えない。むしろ今頃
罰を受けていると言えるかもしれないからだ。
なのに僕は彼女に手紙を書き続けている。
届かないことを知りながら。
ただ自分の淋しさを紛らわすためだけに
宛先のない手紙を投函し続けている−。
彼女を初めて見たのはそんな変わらない毎日を送るためにポストへ向かったある日だった。
彼女の潤んだ目が見つめているのはその手に握りしめたくしゃくしゃの手紙だった。
そして涙を零しながら
少し乱暴にポストに押し込んだ。
暫くポストを見つめた後
彼女は足早に通りの奥に向かっていった。
その次の日、変わらない日常を送るため、僕はまたポストへ向かった。
昨日の彼女がいるか−という拙い思いを抱きながら。
つづく
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