狂おしい程、君が好きだった。
小鳥のさえずるような、君の声を聞くと、毎朝が至福の時を迎えられた。
君の温もりも、香りも、全てが愛おしい。
愛しているよ。今ならはっきりそう言える。
今度こそは、必ず君を守ってみせる。
僕の全てを賭けて。


心地の良い風が、保健室のカーテンを静かに揺らしている。
まるで彼女の眠りを妨げる事を恐れるかのよう。
机に伏して静かな寝息をたてているのは、蜜色の髪をなびかせた美しい少女だった。
ふと、教室のドアが開いた。目を覚ました少女は、癖で左腰に手を掛ける。
そこには彼女に不釣り合いな脇差しの刀が差してあった。
「僕を斬るつもり？」
返って来た声は柔和だ。それだけでお互い気心が知れている事がわかる。
「花音」
ふと、少女の緊張が解ける。
時雨は近づいて来た花音に身を起こした。
八月の猛暑も、日蔭で風の通りの良い教室の中は快適だった。
「双魔庁の見解はどうだったの？」
時雨の問いに、花音は苦笑した。
「上は今回の集団失踪事件は関与しないって。こういう時だけ僕ら退魔師にお任せだから参るよ。まぁ、千葉担当の僕らは都内管轄の連中よりはまだ待遇がいい方だけどね」
「そう・・・」
考え深いげな時雨に、花音は微笑する。あの頃と今も、彼女は変わらない。同じ魂を有するのだから。
「時雨」
ゆっくりと近づいて来た花音に、何かと顔を上げたその瞬間、お互いの唇がそっと触れ合う。
一瞬、時が止まったような錯覚さえ覚えた。
花音の気持ちを時雨は知っていた。
困惑している時雨の髪に指を差し入れて引き寄せた、その瞬間だった。
音を立てて窓が一斉に閉まり、逃げ場となる教室のドアから火の手が上がる。
離れた花音が、時雨同様に腰の脇差しを引き抜く。そしてそれが合図になった。
地這いの炎は教室を完全に飲み込んだ。二人は構えに入る。
その瞬間だった。咆哮を上げて室内に飛び込んで来たのは、炎のたてがみを生やした獅子と、それを操る男が。
男は二人の姿に不気味な笑みを浮かべる。
「ようやく私のコレクションに相応しい花人に出会えた」
言うなり、鋭い鞭が時雨を狙う！とっさに庇った花音の青銀の髪が舞う。
時差遅れで、端正な花音の頬に一筋の傷が浮かび、地が滲んで行く。
二人の表情が険しくなる。
「行くぞ」

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