コーヒー
誰かに見つけてもらいたくて、誰かに救ってもらいたくて、ここにいる。
繁華街の靴屋の向かいにあるファストフード店。3ヶ月前に変えたばかりの壁紙は、荒んだ客たちの心を反映してか、もう煤けて剥がれかけている。
窓際の席は電車が通るたびにうるさい。アカネがぬるまったコーヒーを手に取って、少しすすると、安っぽい苦みが口いっぱいに広がった。
あの人、昨日、また飲んだくれてた。年末に入ってからずっと、一日中、呆けた顔で焼酎飲んでテレビ見てる。でも男を連れてないからまだマシ。男がいたら最悪だ。男はみんな、あたしたち母娘がお金に困っていて、家の中にも金目のものがないということ、唯一売れるのが、あたしの体だということをよく知っている。あたしはあたしで、奴らの財布が必要な時もあったりで、成り行き上、男がいれば、あたしは稼がなきゃいけない。
でも、それには何の意味もなかった。
きのう聞いたこと。来月でアパートを追い出されるかもしれないってこと。家賃はもう半年も滞納されてた。あたしがあの人から教わった通りに盛り場や男から稼いだなけなしの金は、みんなアルコールに消えてたんだ。 住む場所がなくなるなんて、そんな信じられない事があっさり起きて、あたしは少々、大人になった気さえする。
遠い昔、クリスマスツリーを飾ってた頃、あたしは自分の将来の職業が売春婦だとは夢にも思わなかった。その日がこんなに早く来るとも。
やらなくちゃいけない時にはやるだろう。でもいまは力がない。
夢を見つけろ?
自分を大切に?
学校には行きたかったけど、先生がこんなこと以外、ロクなことを言おうとしないのも事実。でもいい。制服なんかはヘドが出るほど嫌いだけど、「仕事」に役立つから着ていることにする。
大人には名前も肩書も関係ない、私には全て「客」なんだから。
すっかり冷めてしまったコーヒーの底の黒い闇を見つめながら、アカネはこうしている自分はどんなふうに見えるのかと考え、何の苦労もないただの馬鹿な高校生に見えていたらいいな、と思う。
携帯を開き、いつものサイトにアクセスしてアカネはこう記す。
「ただの馬鹿な高校生です。緊急でお金が必要。誰かあたしを見つけてください、救ってください」
カキコミボタンを押そうとして、最後にもう一行、付け足す。
「たぶん、誰も見つけられないだろうけれど」。
繁華街の靴屋の向かいにあるファストフード店。3ヶ月前に変えたばかりの壁紙は、荒んだ客たちの心を反映してか、もう煤けて剥がれかけている。
窓際の席は電車が通るたびにうるさい。アカネがぬるまったコーヒーを手に取って、少しすすると、安っぽい苦みが口いっぱいに広がった。
あの人、昨日、また飲んだくれてた。年末に入ってからずっと、一日中、呆けた顔で焼酎飲んでテレビ見てる。でも男を連れてないからまだマシ。男がいたら最悪だ。男はみんな、あたしたち母娘がお金に困っていて、家の中にも金目のものがないということ、唯一売れるのが、あたしの体だということをよく知っている。あたしはあたしで、奴らの財布が必要な時もあったりで、成り行き上、男がいれば、あたしは稼がなきゃいけない。
でも、それには何の意味もなかった。
きのう聞いたこと。来月でアパートを追い出されるかもしれないってこと。家賃はもう半年も滞納されてた。あたしがあの人から教わった通りに盛り場や男から稼いだなけなしの金は、みんなアルコールに消えてたんだ。 住む場所がなくなるなんて、そんな信じられない事があっさり起きて、あたしは少々、大人になった気さえする。
遠い昔、クリスマスツリーを飾ってた頃、あたしは自分の将来の職業が売春婦だとは夢にも思わなかった。その日がこんなに早く来るとも。
やらなくちゃいけない時にはやるだろう。でもいまは力がない。
夢を見つけろ?
自分を大切に?
学校には行きたかったけど、先生がこんなこと以外、ロクなことを言おうとしないのも事実。でもいい。制服なんかはヘドが出るほど嫌いだけど、「仕事」に役立つから着ていることにする。
大人には名前も肩書も関係ない、私には全て「客」なんだから。
すっかり冷めてしまったコーヒーの底の黒い闇を見つめながら、アカネはこうしている自分はどんなふうに見えるのかと考え、何の苦労もないただの馬鹿な高校生に見えていたらいいな、と思う。
携帯を開き、いつものサイトにアクセスしてアカネはこう記す。
「ただの馬鹿な高校生です。緊急でお金が必要。誰かあたしを見つけてください、救ってください」
カキコミボタンを押そうとして、最後にもう一行、付け足す。
「たぶん、誰も見つけられないだろうけれど」。
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