テント
「変なの見ちゃいましたよ―」
私の部屋に入ってくるなり、二つ下の後輩は話し始めた
彼は今年の秋、休みを利用して気分転換にバイクで一人、東京から長野の方に遊びに行ったらしい。
「暑くないし寒くもないから、バイクの旅に最高な時期なんですよ」
午前中に東京を出発して夕方頃、松本に着いた。
しばらく山道を走り、辺りが暗くなり始めた頃、山の中で彼は道に迷ったことに気ずいたそうだ。
「一応テントは積んでありますから心配はなかったんですけどね、やっぱり嫌やですよ〜
こんな所でひとりで泊まるなんてね〜」
その時すでに獣道の様な暗い道をさまよっていたらしい
覚悟を決めた彼は、道から少しそれた所にテントを張った。
「テントって嫌いなんです。
雨、風がしのげるってだけで外敵からの防御力ゼロじゃないですか、おまけに灯りなんか点けたら、ここに人間が居ますよ―襲って下さいって言ってる様なもんですよ」
確かにネズミ取りのカゴにちかい気もする、テントを使わずに木の上で寝たほうが安全なのではないかと思う
それでも仕方なくテントを張り終えると急速に眠りに落ちていったそうだ。
・・夜中、砂利を踏む音で目覚めた
「鹿か野犬かな?と思いましたクマだったらヤバいななんて」
彼はいつでも逃げ出せる様に
心の準備をしていた
「少しスースーするんです、どこからか隙間風が入ってるな、と思いましてね」
薄暗いなか頭だけ起こして彼はテントの入口を見たそうだ
彼がそこに見たものは
テントのチャックを少し開らいて物凄い形相で覗き込んでいる女の顔だったそうだ・・
「地主の婆さまでしたよ」
彼は、彼女が小さく栽培している畑の上にテントを張ってしまっていたらしい・・
「恐いでしょ、まいっちゃいましたよ―」
・・・たのむから死んでれ
と、三発殴った。
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