不条理 竹下 由利子
私には殺したい女がいる…綾瀬瑞穂。
名前からして作り物めいた、嫌な女。
歪みのない、人形のように整った顔。
人は彼女を「美しい」と形容するけれど、私から言わせれば中身のない空っぽな…、そう、見栄えの良い蝶みたいな女だ。柔らかく艶やかな羽。けれど、半面、人を選び、見下し、ヒラヒラと気取っている。
あの女さえいなければ。
私には愛した…いや、愛したと思っていた男がいた。
三年の社内恋愛の末、結婚を約束していた。
あの女が笑顔で挨拶をするまでは。
新入社員として、彼女はやってきた。
瞬間、男どもの目が彼女にくぎづけになる。
私がそっと振り返ると、彼が少し紅潮した頬で、彼女を見つめていた。
その後、私達は別れた。
彼の言う、「考え直してくれ」という言葉を、私はどこか遠くで聞いていたような気がする。
考えてみればあんな女に心を奪われるような下らない男を、私は愛してなどいなかった。
淫らな唇、惑わせる指先…下劣で疎ましい「女」そのもの。
彼女はそれからも自由気ままに舞っていた。
あっちへヒラヒラ。
こっちへヒラヒラ。
媚びた瞳で人を手玉に取って優遇される毎日。
美しい女は、それだけで価値があるかのように君臨する。
私は我慢強い、だが限界が来ていた。
私の実家は古い鍍金(メッキ)工場を営んでいる
仕事の過程で「青酸」つまり猛毒である「青酸カリ」が手に入る。
勿論、管理は厳しく厳重に鍵がかけられている。…が、私は娘だ。
手に入れる事はたやすい
私は難無くそれを手にしていた。月末に薬品の確認が行われ、間違いなく数グラム足りないことが発覚するが、その頃には事は済んでいる。
あの毒蛾を叩き潰しているはずだ。
私は小さなピルケースを会社に持って行った。
風邪薬のカプセルの中味を捨て、青酸カリを詰めたものが入っている。
いつも張り付いたような底意地の悪い笑顔でお茶くみを引き受けている毒蛾に、「今日は私がやるから」と笑顔で告げる。一瞬、女の笑顔に警戒するような眼光が宿った。
が、結局は「ええ、ありがとう」と引き下がる。
茶を入れる。
私は給湯機に全てのカプセルを入れ、ゆっくり溶かした。
彼も、誘惑された全ての男も、懐柔された女たちも。
さようなら。
湯気を立てたお茶碗が
24。
私の分も入れて。
私は最後に飲む。
勝利を味わう為に。
名前からして作り物めいた、嫌な女。
歪みのない、人形のように整った顔。
人は彼女を「美しい」と形容するけれど、私から言わせれば中身のない空っぽな…、そう、見栄えの良い蝶みたいな女だ。柔らかく艶やかな羽。けれど、半面、人を選び、見下し、ヒラヒラと気取っている。
あの女さえいなければ。
私には愛した…いや、愛したと思っていた男がいた。
三年の社内恋愛の末、結婚を約束していた。
あの女が笑顔で挨拶をするまでは。
新入社員として、彼女はやってきた。
瞬間、男どもの目が彼女にくぎづけになる。
私がそっと振り返ると、彼が少し紅潮した頬で、彼女を見つめていた。
その後、私達は別れた。
彼の言う、「考え直してくれ」という言葉を、私はどこか遠くで聞いていたような気がする。
考えてみればあんな女に心を奪われるような下らない男を、私は愛してなどいなかった。
淫らな唇、惑わせる指先…下劣で疎ましい「女」そのもの。
彼女はそれからも自由気ままに舞っていた。
あっちへヒラヒラ。
こっちへヒラヒラ。
媚びた瞳で人を手玉に取って優遇される毎日。
美しい女は、それだけで価値があるかのように君臨する。
私は我慢強い、だが限界が来ていた。
私の実家は古い鍍金(メッキ)工場を営んでいる
仕事の過程で「青酸」つまり猛毒である「青酸カリ」が手に入る。
勿論、管理は厳しく厳重に鍵がかけられている。…が、私は娘だ。
手に入れる事はたやすい
私は難無くそれを手にしていた。月末に薬品の確認が行われ、間違いなく数グラム足りないことが発覚するが、その頃には事は済んでいる。
あの毒蛾を叩き潰しているはずだ。
私は小さなピルケースを会社に持って行った。
風邪薬のカプセルの中味を捨て、青酸カリを詰めたものが入っている。
いつも張り付いたような底意地の悪い笑顔でお茶くみを引き受けている毒蛾に、「今日は私がやるから」と笑顔で告げる。一瞬、女の笑顔に警戒するような眼光が宿った。
が、結局は「ええ、ありがとう」と引き下がる。
茶を入れる。
私は給湯機に全てのカプセルを入れ、ゆっくり溶かした。
彼も、誘惑された全ての男も、懐柔された女たちも。
さようなら。
湯気を立てたお茶碗が
24。
私の分も入れて。
私は最後に飲む。
勝利を味わう為に。
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