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裸婦の肖像―序章

[348]  椿カオルコ  2009-01-12投稿
「側に居てくれる?」
芳樹はうっすらと不気味に呟いた。
亜希子の恋の中枢は、活動する。脳にドーパミンが、送られる。
こんなに年老いた優しい男をひとりぽっちには、できない。
芳樹は80を過ぎた老人。亜希子は25になったばかり。
2人は1枚の絵で結ばれていた。
美術学校の生徒と講師。許される恋ではなかった。
亜希子の描いた一枚の自画像が2人の運命を結びつけていた。
亜希子は自分のヌードしか描かない。どんな猥褻な姿も惜しまず描いた。2人は恋に墜ちた。
肉体関係はない。
あるのは、地上の愛。
揺れる言の葉。
煌めく瞳。
亜希子は誰も居ない、静かな海で芳樹を抱きしめた。
微かに残る白髪を愛しそうに撫でる。
それに反して、亜希子の長い漆黒の髪が風になびいた。
永遠を感じた。
ただ静かに閉ざされた愛が、ここにはあった。
なまめかしくも、白い指が、芳樹の皺を寄せた唇に触れる。
「何も言わないで。」
時が止まる。
汚れた緑の波は、寄せては返し、永久運動を続ける。
蒼空は澄んでいた。
「孫に手紙を書いたんだ。」
「そう。」
亜希子はそっと指を離し、芳樹の暗い瞳を見た。「…こんなこと、喜べないわ。」
「私が決めたことだ。」2人は地の果てに、来ていた。
誰にも何も告げずに。
「心から…愛していると、伝えておいた。」
「お孫さんも、哀しむわ。」
「決して捨てたわけではないと…伝えたかった。」
「そうね。」
芳樹の瞳に映ったのは、深い海の色。
心の哀愁の凪。
すべてを捨ててしまった男の自画像が、そこにはあった。
亜希子は自分の才能を愛し、破滅していくこの男と運命を共にしようと思っていた。
「帰るところが、私達にはもうないわ。」
凛とした強い瞳が、灰色の砂を握る手を映す。
亜希子は絵の具のことを考えていた。
「絵を描く道具しか、持ってないの。」
芳樹は亜希子の指から零れる砂を舐めた。
「それだけあればいい。」
冬の鴎が孤を描く。
亜希子は髪をかきあげる。
「筆があれば、描けるものね。」
もう家には帰らない。帰れない。
どこかでわかっていた。2人は敢えて口にはしなかった。
寝る処も、食べる処も、まして描く処などない。爛熟した卵が息をする。「ここは何処かしら?」広がる蒼の景色を前に、棺の夢を見る。

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