さかなのはなし 2
夏だというのにマヤの手は白くて冷たくて、保健医は顔をしかめた。
足元も頼りないように見えたから肩を支えたのだが、控えめに拒絶された。
男の保健医が女子高生に接するのはやはり難しい。
「熱はないけど。気持ち悪いって具体的にどこが?」
そう聞くと、マヤは一瞬、へその辺りに手を置き、すぐにその手を上げて胃を押さえた。
「胃です」
「胃が気持ち悪いんだ」
保健医がマヤが最初に手を置いたへその辺りを見るので、マヤは胃ですと繰り返した。
「2限目だけど。どうする?寝て治らないようなら早退する?」
「・・・3限目に教室戻ります」
「無理するなよ。夏休み前に寝込んだら後悔するからな」
「・・・はい」
保健医−−小野結衣が机に向かう後ろで、カーテンに囲まれたベッドにマヤは眠っている。
寝ている様子はなく、かといってケータイでもいじっているというわけではなさそうだ。
いろんな生徒を迎えているから分かるのだが、マヤは何か思いつめているようだ。
息をひそめて横になる生徒を想像すると、結衣の胸が痛んだ。
「小野せんせっ」
廊下ですれ違った生徒が結衣を呼び止めた。
かすかにほほを赤くして、その女子生徒はマヤの名を出した。
「5限目には出るって言ってたけどまだ寝てるよ。だいぶ辛いみたいだね」
「帰ればいいのにー。大丈夫かなー」
「最近、ずっと元気ないよね」
「誘っても断るしー。セールだったのにねー」
2人が話し始めたので結衣はじゃあと言って保健室に戻った。
ドアを開けると、こちらを向いて立っているマヤと目があった。
驚いたらしく、目を丸くさせている。
右手はやはりへそ辺りを触っている。
結衣はわずかに顔をしかめた。まさか、と思っていた。
「もう体はいいの?」
マヤを通り過ぎて机に書類を置いて、結衣は椅子に座った。
ぎ、と年代を感じさせる音がする。
「5限目、もうすぐ始まるよ」
何も言わない背中にそう言うと、マヤはちらりと結衣を振り返って、失礼しましたと呟いて早足に保健室を出た。
結衣は小さくため息をこぼして書類に向き直った。
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