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十字路とブルースと僕と俺 28

[256]  ティシュー  2009-03-25投稿
聴き間違えではない。おれは自分の耳にはそれなりの自信を持っていた。絶対音感があるわけではなかったが、今まで様々な音楽を聴いて多種多様のギターの音色を聴いてきた。ギターの種類が同じでもまったく同じ音が鳴るとは限らない。弦の違いや個々のセッティングの違い。一人一人の癖や使い方によっても変化するものだ。その微妙なちがいがおれにはわかる、正確にはわかるような気がしていた。

この当時のおれはうだつのあがらない、趣味でヘラヘラと音楽をやっている人間にすぎなかった。ブルース一本でやっていたかというとそうともいえなかった。ロバート・ジョンソンに憧れてギターをはじめたはいいものの、あのレベルのものをひくということは至難のわざなのだ。そりゃあ挫折もするさ。ギターはあくまで趣味。音楽で食っていこうなんていうのは幻想であり夢のまた夢。そんなおれではあったが妙な耳の良さには定評があった。バンドを組んでいた時も些細な失敗やチューニングのズレにメンバーに喰ってかかった。みんなには気付かないほどの音の違いでも、おれには気持ちの悪い不協和音だった。ましてやギター一本の音ならばなおさらのことだった。自分のだす情けないペナペナのブルースは聴いていて腹立たしかった。耳の良さは自分にとってはマイナス以外の何物でもなかった。

小さな頃の記憶はやたらとカラフルで美しく、不思議と楽しい思い出がいっぱいだ。他の人がどうかは知らないがおれはそうだ。そのなかにあって楽しいとも悲しいともどんな感情にも似ているようで似ていない思い出がたった一つある。はじめてブルースを聴いたあの夏の記憶。あのむし暑かった夜の記憶。何度おもいかえしてみても同じギターの音色に聴こえた。この時たぶん生まれてはじめて自分の不必要に良い耳にちょっとだけ感謝した。

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