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楽園(前)

[442]  LL=  2009-04-09投稿
そこはなにもない楽園だった。
皆が平等な世界だった。

この世界は善も悪も、幸も不幸もないがゆえに、日々の営みに差は生まれなかった。

ただ、連綿と続く日常は、平坦で、
ただ、漠然と過ぎる時間は、無意味だった。


だからここには、なにもない。


新たに芽吹く命もなく、老い死ぬこともない閉じたここは、

なにもないがゆえに平等で、
なにもないがために楽園だった。



ただ、それをよしとしない者がいた。


ただ一人、彼は楽園の皆に幸せを、不幸を説いた。

だが、誰ひとりとして、彼の言葉に賛同はしなかった。

けれど、決して彼を無下には扱わなかった。


それは、ここが楽園だから…。


幸せも不幸もないここは、だから決して他者を拒まない。

そして、

幸せも不幸もないここは、だから決して他者を受け入れはしない。


だから、ここにはなにもない。

善も悪も、幸も不幸も、始まりも終わりも、怒りも悲しみも、努力も苦痛も、、欲も、嫉妬も…

そして、愛や恋も。


彼はそれが耐えられなかった。

一人の女性に恋をし、愛してしまった彼の気持ちは、
けれど、どんな言葉をもってしても、彼女の心に届くことはなかったのだ。

拒まず、受け入れず、

彼女との距離は、決して縮まることはなかった。


それでも彼は幸福の定義を、不幸の意味を、皆に説いた。


「不幸があるから幸せが実感できる。 今、私達が実感しているのは、ただの時間の流れに他ならない! ただ連綿と続く日々に、私達は何も得ていない! 皆よ悲しめ、そしてその先にある幸福を噛み締めよ!」


彼は毎日、皆に語りかけた。


そうして3年の月日が流れたある日、彼はいつものように、皆に語りかけた後、その終わりのない世界から抜け出した。


「皆よ悲しめ、そしてその先にある幸福を噛み締めよ!」

そう話しを締めくくると共に、彼は目の前に佇んでいた愛する女性と唇を重ねた。

楽園ではなんの意味も持たない「キス」という名前さえない、肌の接触。

誰も彼の《特別》な感情を分かりはしなかった。


彼はほんの数秒、女性と唇を重ねて、


にこやかに笑った。


そして…

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