暁の剣 8
「ふむ、…これだな」
結城兵庫ノ介は、竹の箸(はし)と皮袋を手に、目の高さ程にあるスズメ蜂の巣を凝視していた。
「のう伍助」
「へェ、何でっしゃろ?」
「あの巣を拾うておいてくれんか?」
「拾う… ?」
兵庫ノ介は、けげんな顔の伍助に、ニヤリと子細ありげな笑みを見せた。
そのまま巣の正面までスタスタ歩み寄ると、何を思ったか手にした竹箸でスズメ蜂の巣をトンと突いて、数歩後ずさる。
「だ、旦那ァ?何しまんのや」
「ま、見ておれ」
前を向いたままそれだけ云うと、兵庫ノ介は目前に迫った蜂の群れにカッ、とイナズマの様な眼光を飛ばし
「むんっ!!」
と一声、腹にズッシリ響く気合いを発した。
パラパラッと雨垂れの如く落ちていくスズメ蜂を、目が飛び出す程に見開いて見ていた伍助。
「かような具合に、すくみの術なぞ、当流にも出来るわな」
すがるく言うと兵庫ノ介は「これで蜂を拾っておけ」と手にしていた箸と皮袋を唖然としていた伍助に渡し、後の処置を指示した。
「こやつらも、ひと役かって貰うでな」
さいぜんの武芸披露の時に見せた茶目っ気のある笑顔を見せた兵庫ノ介。
その後、大急ぎで島田らの待つ江戸屋敷に向かう事にした。
これから頼む物を準備して貰わねばならない。
数日前まで、暇と体力を持て余していた兵庫ノ介であった。
戦国期の介者剣術(鎧武者の刀法)の名残を色濃くとどめた結城流。
先程の気合い術も、戦場で敵を制する技の一つである。
この太平の世にあって、自流の兵法、兵略を使う機会に恵まれた兵庫ノ介は、が然、やる気満々であった。
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