人斬りの花 5
1-5 出哀
『お前,石澤の娘を斬らなかったそうだな。』
武部がついさっき帰宅したばかりの抄司郎に言った。
抄司郎はまだ返り血と雨に濡れた姿のままだ。
『「斬らなかった。」のではなく,斬れなかったんですよ。』
抄司郎は俯いた。
ポタポタと血の入り混じった雨の雫が,地面に絶えず落ちる。
武部はその汚れた地面を嫌らしそうに見てから,
『私は‥親子共々斬れと言った筈だが‥。』
と抄司郎を睨んだ。
『娘は,盲目でした。』
『‥だから娘に情けを感じて,斬らなかったとでも言うのか。』
『‥。』
抄司郎は娘に刃を向けた時の事を思い出した。
― 違う。
抄司郎は拳を握った。
本当は,
娘に情けを感じたのではない。元々斬ることに躊躇いのあった娘の言葉に動揺して逃げたのだ。
【ありがとう。】
確かに娘はそう言った。その言葉の意味が未だに分からなかった。
『何としてでも,娘を斬れ。』
武部は尚も抄司郎に言いつけた。次失敗したら武部は何をしでかすか分からない様な,
妙な気迫を持っている。
『‥。』
抄司郎はそれを引き受けるべきか迷っていた。
盲目な上,左頬に刀傷がある娘はすぐに見つかる筈だ。しかし,斬る事の出来なかった娘に,
もう一度刃を向ける事ができるのか抄司郎は不安だったのだ。
『‥抄司郎。』
武部は迷っている抄司郎を見て言った。
『お前は既に,人斬りなのだよ。』
†
抄司郎はそれを引き受けた。
それから何度も刀傷の娘を探しに出たが,
意外な事に行方がわからず,遂に見つかる事はなかった。
≠≠続く≠≠
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