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日本人のモラル

[732]  古代魚  2009-06-12投稿
日本人のモラルは、人間が神に対するように寛大である。神に対して寛大な心を持つ日本人の宗教観は、一般的にいって自由と制約である。規制と規則といっても過言ではない。


だとすると、寛大な宗教観を持つ日本人の心は何処へ向くか。神社や法事、寺や地蔵など暢気である。だから慌てないのだ。日本人の宗教に対する価値観とか、蟠りは捨てて人間だけ見た場合、野良犬や番犬、小鳥やウサギといった一般の動物たちによる人間の宗教観だ。


人間の宗教は、旨や趣旨が宗派によって違うが、天下を治めた福沢は複雑な顔をしている。それが宗教やら小鳥やらを持ち出し、人間の格付けにしようものなら忽ち、反対の狼煙が上がるだろう。


そんなもので人間を決めてしまっては駄目だ。人間が小さい。欲望も小さければ、やる事もはしたない。人間は欲望をみる。欲望が無ければ去るべきだ。医者にでも頭を下げて診て貰える。欲望は恙無く、無欲の来る処ではない。無欲は無情を考えれば良い。無情の何たるか。それは人間が傲慢だ。


このように人間は傲慢にもなれる。宗教や人間やらで差別した人間は、傲慢に追いやられ、追求の念を焦がした。つまり、意図的に作用し、人間の嘘を方便としたのであろう。人間の嘘による方便は、無情と人間とを欲望渦巻く都会へと人間を組み込んだ。それこそ詐欺だが、人間の欲情を眩ますのに詐欺は立派に働いた。このような方便である。


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