人斬りの花 9
2-4 椿
追っ手は全て片付いた。川原に大量の血が流れている。
女はまだその場に座り込んでいた。
何度立とうとしてもよろけてしまう。どうやら足を挫いたらしい。
抄司郎は刀を鞘に収めると,女に背を向けて腰を屈めた。[おぶってやる。]と言う意味だ。
『いえ,私は大丈夫ですから。』
女は勿論断ったが,
抄司郎は小さな溜め息をつくと半ば強引に女をおぶった。
『その足では帰れないだろう。』
『‥申し訳,御座いません。』
女の細い腕は,躊躇いながらも抄司郎の肩を掴んでいた。歩く度に女の土鈴が鳴る。
旅籠屋の並ぶ町へ出た。刃の下をくぐって疲れたのだろう,
女は抄司郎の背中で小さな寝息をたてている。
『あら旦那。随分遅い帰りだねぇ。』
馴染みの旅籠屋,
柳瀬屋の女将のトシが言った。
トシは抄司郎が人斬りだとは知らない。
『ちょっと大事な用があってな。それより,この娘に一室用意してくれないか。怪我をしてる上に眠ってしまった。』
『へぇ,旦那も隅に置けないねぇ。こんな別嬪の子,一体どうやって口説いたんだい?。』
トシはニヤリと笑った。いつの時代この手の話は誰でも好きらしい。
『ただ怪我人を介抱しただけだ。それより,早く案内してくれ。』
と苦笑いした。
抄司郎はトシが苦手だった。
話をしていると,どうも調子が狂う。
と言うのは,
もう40近いであろうトシには母親のような暖かさがあった。
母親のいない抄司郎にはその暖かさに慣れていなかったのだ。
≠≠続く≠≠
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