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子供のセカイ。30

[539]  アンヌ  2009-06-25投稿
美香が腹を押さえて体を丸めると、メガーテはその肩を踏みつけた。メガーテは可笑しそうな表情で、美香が混乱と痛みにあえぐのを見下ろした。
「私を殺そうとしたのかい、小娘。」
その奇妙に静かな声で、美香は急速に頭が冷えていった。
冷静になった途端、怒りに我を忘れた自分が恐ろしく思えた。憎しみ。なんて怖い感情だろう。いくら“子供のセカイ”の住人とはいえ、美香は今、人を一人殺そうとしたのだ。
「だが惜しかったね。私の心臓はそこじゃないよ。」
メガーテはしげしげと美香を観察すると、左腕に目をつけ、同時に左手を踏みつけた。
「うあぁっ!」
「あんたはさっきから見る限り右利きだね。だったら左手なんかなくても平気だろう?左腕の筋を切ってやれば、少しは大人しくなるかね…。」
美香はぞくっとして魔女を見上げた。メガーテはすでに火かき棒を剣に変えていた。美香の左手を踏みつけて固定し、よく狙いを定めると、大きく剣を振りかぶった……。
ドシュッ!
皮膚が裂ける音がして、パタパタと赤い滴が美香の顔を濡らした。
美香はぎゅっと固く目を閉じたままぴくりとも動かなかった。いや、動けなかった。そうして激痛が左腕を襲うのを生きた心地もせずに待ったが、生温かい血は顔にかかっているのに、ちっとも痛みはやって来ない。
「……?」
恐る恐る、そろりと目を開け、美香は呆然となった。
魔女の右胸からほのかに光る刀身が飛び出している。メガーテは目を見開き、ゴフッと血の泡を吐いて剣を取り落とすと、美香の足元にくず折れた。
魔女の背後に、午後の陽射しを浴びてすっくと立っていた人物は――。
「だから、魔女は嫌いなんだよ。」
月王子だった。苦しげに眉の辺りを曇らせ、金色の瞳は悲しみとも怒りともつかない色に揺れている。
王子の持つ剣からポタポタと滴り落ちる鮮血を目の当たりにして、美香はどっと冷や汗が吹き出した。それから、急にガタガタと体が震え始めた。
最初何が起こったのかまるでわからなかった。一拍遅れて、ようやく王子が魔女を手にかけたのだと気づいた。
「あ、あなた……魔女を……。」
「……魔女の心臓は右胸だよ。覚えておくといい。」
ピッと剣の血を払い、王子はぎこちない動きでそれを腰の鞘に納めた。美香にはまだ信じられなかった。
あの穏やかな王子が、魔女を殺した。人を一人殺したのだ。

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