最期の恋(5)
コウの退院が数日後に迫った、夜勤の日。
私はいつものようにコーヒーを二つ買って、待合室のコウに逢いにいった。
しかしコーヒーを受け取るコウの笑顔には、翳りが感じられた。普段のコウらしくなく、沈黙したまま一口コーヒーを飲んでから、私を思い詰めたような目で見つめながら訊ねた。
「吉村さん。どうしても聞きたいことがあるんです。すごく失礼かも知れないんだけど…」
どんな質問かは察しがついた。私はわざと明るく答える。
「ええ、構わないわよ。私がわかる事だったらね」
コウは、また沈黙する。が、迷いを振り切るように私に向き直って切り出した。
「吉村さんの、おっぱいのこと…。すごく辛かったでしょうね」
他の人から訊ねたられたのだったら、怒鳴り付けていたに違いない。「当たり前のことを聞かないで」って。でも、この時私は、コウに聞いてほしくなった。
乳房を切除しなければならなくなった時の葛藤と苦しみ。
三十歳を過ぎて、やっと掴んだ幸福が、たった五年で崩壊してしまった時の、やり場のない怒りと絶望。
わずか17歳の少年に、何故話したくなったのか、自分でも理解に苦しむのだけれど…。
「話してもいいよ。でも、すごく重いよ。孝一君、堪えられる?」
コウは目を逸らさず、黙って頷いた。
「私はね、三十二歳で結婚したの。それまで何度か恋愛はしたけれど、きっと不器用で正直過ぎたのね。ナースの仕事は私の生きがいだから、絶対に捨てられないって言うと、みんな私の前からいなくなった。まあ、結婚にそれほど執着が無かったのもあるんだけどね。
三十歳になって、結婚を本気で諦め始めてた時に、ある製薬会社のMRの男性と知り合ったの。頭はすごくいい人だったけど、背は低いし、三枚目だし、まだ三十五歳だって言うのに、かわいそうなくらい髪の毛が後退してるの。
でも、彼は私を、心から愛してくれた。仕事にも理解を示してくれた。
彼、私以上に不器用な人でね。
二年間交際して、私たちは結婚したんだけど、最初の半年はキスひとつしなかったのよ。お互い三十路だって言うのに…。何だか私のほうが不安になっちゃってね。どうして私を欲しがらないのって聞いたの。そしたら、君が壊れてしまいそうで怖いって言うの。その頃の私って結構ぽっちゃりしてたから、何だかおかしかった。でも、すごく嬉しかった」
私はいつものようにコーヒーを二つ買って、待合室のコウに逢いにいった。
しかしコーヒーを受け取るコウの笑顔には、翳りが感じられた。普段のコウらしくなく、沈黙したまま一口コーヒーを飲んでから、私を思い詰めたような目で見つめながら訊ねた。
「吉村さん。どうしても聞きたいことがあるんです。すごく失礼かも知れないんだけど…」
どんな質問かは察しがついた。私はわざと明るく答える。
「ええ、構わないわよ。私がわかる事だったらね」
コウは、また沈黙する。が、迷いを振り切るように私に向き直って切り出した。
「吉村さんの、おっぱいのこと…。すごく辛かったでしょうね」
他の人から訊ねたられたのだったら、怒鳴り付けていたに違いない。「当たり前のことを聞かないで」って。でも、この時私は、コウに聞いてほしくなった。
乳房を切除しなければならなくなった時の葛藤と苦しみ。
三十歳を過ぎて、やっと掴んだ幸福が、たった五年で崩壊してしまった時の、やり場のない怒りと絶望。
わずか17歳の少年に、何故話したくなったのか、自分でも理解に苦しむのだけれど…。
「話してもいいよ。でも、すごく重いよ。孝一君、堪えられる?」
コウは目を逸らさず、黙って頷いた。
「私はね、三十二歳で結婚したの。それまで何度か恋愛はしたけれど、きっと不器用で正直過ぎたのね。ナースの仕事は私の生きがいだから、絶対に捨てられないって言うと、みんな私の前からいなくなった。まあ、結婚にそれほど執着が無かったのもあるんだけどね。
三十歳になって、結婚を本気で諦め始めてた時に、ある製薬会社のMRの男性と知り合ったの。頭はすごくいい人だったけど、背は低いし、三枚目だし、まだ三十五歳だって言うのに、かわいそうなくらい髪の毛が後退してるの。
でも、彼は私を、心から愛してくれた。仕事にも理解を示してくれた。
彼、私以上に不器用な人でね。
二年間交際して、私たちは結婚したんだけど、最初の半年はキスひとつしなかったのよ。お互い三十路だって言うのに…。何だか私のほうが不安になっちゃってね。どうして私を欲しがらないのって聞いたの。そしたら、君が壊れてしまいそうで怖いって言うの。その頃の私って結構ぽっちゃりしてたから、何だかおかしかった。でも、すごく嬉しかった」
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