人斬りの花 14
3-1 香
『この傷跡は‥』
椿は自ら語り出した。
『四年程前,辻斬りに襲われた時のものです。
すみません,どうも気になっているご様子でしたので。』
『辻斬り‥』
その辻斬りは自分だと,言える筈もなく,
抄司郎はただ黙って椿の話を聞いていた。
『その時,唯一の父が,私を庇うように,たった一太刀で死にました。
相手は,余程腕が立つ剣客でしたけど,どこかに迷いがあった。』
『‥迷いとは?』
その時の事を思い出すように,椿は目を伏せた。
『今の現実が納得いかないような。そんな感情が感じ取れました。』
― 見透かされていた。
抄司郎は拳を握った。
その時は確かに,
まだ人斬りとして生きる覚悟がなかった。
それが当時の椿に伝わってしまっていた事にいささかの恐怖を覚えた。
『実は,もう薬で治ったのですが,当時本当に目が悪くて,
表情よりも相手の感情の方が敏感に感じ取れたんですよ。』
抄司郎は,
椿と視線が合いそうになって目を外した。
『それじゃあ椿さんは,お父上の分も背負って,生きなければなりませんね‥。』
『はい,父が死んだその日から,それは覚悟しています。』
芯の強い椿に圧倒されていた。
抄司郎は立ち上がった。
『お出かけですか?』
『‥ああ。ちょっとな。』
今居るこの空間に,耐えられなくなったのだ。
人斬りの自分を知らない椿を騙しているようで,
息が詰まった。
『帰りをお待ちしていますね,』
『‥ぇ?』
椿はちょうど朝,亭主を送り出す妻のように,
『行ってらっしゃい。
抄司郎さん。』
丁寧に手をついてお辞儀した。
≠≠続く≠≠
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