人斬りの花 17
3-4 香
師匠は,訪ねてきた抄司郎を快く迎え入れた。
平太の言った通り,
年のとった顔を更にくしゃくしゃにし,抄司郎の手を取り大いに喜んだ。
『抄司郎,わしはお前に会える日を夢にまで見たんだぞ。』
合わせる顔がなかった。自分が武部から離れたせいで,師匠は金を奪われ,道場が潰されたのだ。
『師匠に,謝らなきゃならない事が沢山ある。』
『謝る事?』
師匠は抄司郎に自分で入れた茶を勧めた。
抄司郎は,重い口を開いた。
『人を,斬りました。たくさん‥』
それを聞いた師匠は暗い表情を見せ,
『ああ,知っていたよ。』
静かに言った。
『わしはお前の師範だ。
死人の斬り口を見ればすぐに分かる。』
抄司郎は驚きと共に涙が溢れ流れた。
『すみません‥。俺‥』
『謝るのは,わしだ。』
抄司郎の言葉を遮った。
『武部がお前を人殺しの道具に使うなんて‥。
あの時,意地でも拒むべきだったんだ。悔やんでも悔やみきれない。すまない,すまなかったな,抄司郎。』
『でも,俺のせいで道場が‥。』
師匠は何も言わず抄司郎を抱きしめた。温もりが痛い程に伝わる。
抄司郎はまるで子供のように,師匠の肩で泣いていた。何故か涙が止まらなかったのだ。
『辛かったろうに‥。
これからは,お前の好きな様に生きれば良いんだよ。誰にも縛られず,心のままに。』
ー 心のままに。
抄司郎は自分の中でこれを繰り返した。
[心のまま]。
武部に雇われてから意志のない縛られた生活を送っていたが,この言葉を聞いて,今まで抄司郎を押し潰していた何かが消えた。
『よし,その目だ。』
師匠が言った。
『さっきの曇った目とは大分違う。今は,希望に満ち溢れている目だ。』
師匠は,
抄司郎に微笑んだ。
『また来なさい。わしにまだ光が見えるうちに。それまで,その目を忘れるでないぞ。』
『‥はい。』
希望に満ち溢れている目はもう,
泣いてはいなかった。
≠≠続く≠≠
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