ポジティブ・アクション5
そして日は暮れ、午後8時を廻った頃。
高級レストランの前で停車しているタクシーに、メアリーが勢い良く乗り込んだ。
「何時も悪いわね。運転手さん」
彼女はそう言って、ハンドルを握るスティーブに優しく微笑んだ。
だが、スティーブは昨日の彼女のあの悲しい表情を思い出すと、その笑顔が偽りのものと思えて仕方がなかった。
そして彼は早速、昨日の事について彼女に尋ねようとしたが、どうやらその必要は無さそうである。
「ねェ運転手さん‥行く前に、私の話を聞いてくれないかしら‥」
先ほどの笑顔とは一変して、やはりその顔は悲しみで溢れている。
「ははっ。何だい?」
スティーブはあえて明るく答えた。
「待って。その前に、私達まだお互いに名前を知らないわよね。私はメアリー・スミスよ。運転手さんは?」
ずっと前を向いていたスティーブは、ゆっくりと後ろへ振り返り、彼女と顔を合わせながら答える。
「スティーブン・ロジャース。スティーブと呼んでくれ」
二人が知り合ったのは今から一週間前。
その日の夜、スティーブはいつものようにひたすらタクシーを走らせていた。
「はいよ。着いたぜ」
「へへっ。どうもありがとさん」
その時、スティーブは酔っ払った客を自宅へと送り届けた所だった。
やがて彼は市街へ向かって車を走らせるが、その途中彼はある光景を目にした。
「何なの!? 離して!?」
「へへへっ。良いじゃねェか姉ちゃん。俺と一緒に行こうぜェ」
人気の少ない住宅街で、1人の女性が酔っ払った中年男に絡まれていたのだ。
「たくっ‥」
すかさずスティーブはその男に向かってクラクションを何度も鳴らす。
「何だ!? ぐぅ‥」
男は何事かと後ろへ振り向くが、強烈な車のライトが男の目を直撃する。
男はその眩しさのあまり、腕で目を覆った。
だがその女性、メアリーは男の背後にいた為、ライトは彼女には届いていない。
するとメアリーは、ライトで男が怯んでいる隙に、その男の急所を思いっきり蹴った。
「ギャァァァアッ!!!!」
男は悲痛な叫びをあげながらメアリーの腕を掴んでいた手を離し、その場にうずくまった。
「うふっ。ざまぁ見ろ!」
続く
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