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人斬りの花 20

[346]  沖田 穂波  2009-08-02投稿
3-7 香

椿は抄司郎の師匠の居る長屋へ身を隠した。師匠は抄司郎達の事情を知って親切に迎え入れた。

『抄司郎があんなに必死になるとは,珍しいの。』
抄司郎が見回りに出掛けたのを見計らって,師匠は言った。

『そうなんですか?私は抄司郎さんにお世話になってばかりです。本当に迷惑をかけてしまって‥』

『あの子は,とても優しい子だ。迷惑などと,これっぽっちも思っちゃいないだろうよ。』

師匠は椿を改めて見た時,急に顔色を変えた。

『その傷は‥。』

ー 抄司郎,この子に刃を向けたな‥。

師匠は,抄司郎の剣が手に取る様に分かる。椿の傷跡は,角度や方向からしても,抄司郎のものであった。師匠は,椿と抄司郎の間に横たわる,何か只ならぬ関係を感じ取らずにはいられなかった。

『お前さん,抄司郎の素性を知っているか?』

不意に,師匠は訪ねた。

『いえ,知りません。だけど‥』

椿は先程の出来事を思い出した。

『あの方は人を斬る事に慣れていらっしゃる。』

『‥ああ,確かにそうだ。だが,抄司郎がそうなってしまったのは,わしのせいなのだ。』

『師匠さんの‥?』

と,椿は首を傾げた。

『あの子は,人を斬る事など出来ぬ程に優しい子だ。』

『それは,出会った頃より,存じております。』

そうか,と頷いてから師匠は続けた。

『抄司郎はな,わしの道場を守る為に人斬りとなってしまった。いつの間にか,世間に恐れられる程にな。つまり,それ程の人を斬ったのだよ。』

『‥はい。』

外は夕焼けに赤く染まり始めている。眩しい光が,師匠の背中を照らした。

『止める事もできた。だがわしは,恥ずかしながら自分を,道場を守ってしまったのだ。』

『何故です?』

武部を知らない椿に,それは知るはずもない事情だった。

『それは‥。おっと,止めておこう。あんたには重すぎる話だ。』

『おっしゃって下さい,私は抄司郎さんの事,もっと知りたいんです。』

『椿さん,分かってくれ。本人が,直接あんたに言うまで。』

抄司郎は椿に全てを明かす筈だ。いや,明かさねばならぬ時が来ている事を,師匠は知っていた。

『兎に角,抄司郎を頼ってくれ。あいつなら大丈夫だ。わしの育てた子だからな。』

と,痩せた顔で笑った。
≠続く≠

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