人斬りの花 20
3-7 香
椿は抄司郎の師匠の居る長屋へ身を隠した。師匠は抄司郎達の事情を知って親切に迎え入れた。
『抄司郎があんなに必死になるとは,珍しいの。』
抄司郎が見回りに出掛けたのを見計らって,師匠は言った。
『そうなんですか?私は抄司郎さんにお世話になってばかりです。本当に迷惑をかけてしまって‥』
『あの子は,とても優しい子だ。迷惑などと,これっぽっちも思っちゃいないだろうよ。』
師匠は椿を改めて見た時,急に顔色を変えた。
『その傷は‥。』
ー 抄司郎,この子に刃を向けたな‥。
師匠は,抄司郎の剣が手に取る様に分かる。椿の傷跡は,角度や方向からしても,抄司郎のものであった。師匠は,椿と抄司郎の間に横たわる,何か只ならぬ関係を感じ取らずにはいられなかった。
『お前さん,抄司郎の素性を知っているか?』
不意に,師匠は訪ねた。
『いえ,知りません。だけど‥』
椿は先程の出来事を思い出した。
『あの方は人を斬る事に慣れていらっしゃる。』
『‥ああ,確かにそうだ。だが,抄司郎がそうなってしまったのは,わしのせいなのだ。』
『師匠さんの‥?』
と,椿は首を傾げた。
『あの子は,人を斬る事など出来ぬ程に優しい子だ。』
『それは,出会った頃より,存じております。』
そうか,と頷いてから師匠は続けた。
『抄司郎はな,わしの道場を守る為に人斬りとなってしまった。いつの間にか,世間に恐れられる程にな。つまり,それ程の人を斬ったのだよ。』
『‥はい。』
外は夕焼けに赤く染まり始めている。眩しい光が,師匠の背中を照らした。
『止める事もできた。だがわしは,恥ずかしながら自分を,道場を守ってしまったのだ。』
『何故です?』
武部を知らない椿に,それは知るはずもない事情だった。
『それは‥。おっと,止めておこう。あんたには重すぎる話だ。』
『おっしゃって下さい,私は抄司郎さんの事,もっと知りたいんです。』
『椿さん,分かってくれ。本人が,直接あんたに言うまで。』
抄司郎は椿に全てを明かす筈だ。いや,明かさねばならぬ時が来ている事を,師匠は知っていた。
『兎に角,抄司郎を頼ってくれ。あいつなら大丈夫だ。わしの育てた子だからな。』
と,痩せた顔で笑った。
≠続く≠
椿は抄司郎の師匠の居る長屋へ身を隠した。師匠は抄司郎達の事情を知って親切に迎え入れた。
『抄司郎があんなに必死になるとは,珍しいの。』
抄司郎が見回りに出掛けたのを見計らって,師匠は言った。
『そうなんですか?私は抄司郎さんにお世話になってばかりです。本当に迷惑をかけてしまって‥』
『あの子は,とても優しい子だ。迷惑などと,これっぽっちも思っちゃいないだろうよ。』
師匠は椿を改めて見た時,急に顔色を変えた。
『その傷は‥。』
ー 抄司郎,この子に刃を向けたな‥。
師匠は,抄司郎の剣が手に取る様に分かる。椿の傷跡は,角度や方向からしても,抄司郎のものであった。師匠は,椿と抄司郎の間に横たわる,何か只ならぬ関係を感じ取らずにはいられなかった。
『お前さん,抄司郎の素性を知っているか?』
不意に,師匠は訪ねた。
『いえ,知りません。だけど‥』
椿は先程の出来事を思い出した。
『あの方は人を斬る事に慣れていらっしゃる。』
『‥ああ,確かにそうだ。だが,抄司郎がそうなってしまったのは,わしのせいなのだ。』
『師匠さんの‥?』
と,椿は首を傾げた。
『あの子は,人を斬る事など出来ぬ程に優しい子だ。』
『それは,出会った頃より,存じております。』
そうか,と頷いてから師匠は続けた。
『抄司郎はな,わしの道場を守る為に人斬りとなってしまった。いつの間にか,世間に恐れられる程にな。つまり,それ程の人を斬ったのだよ。』
『‥はい。』
外は夕焼けに赤く染まり始めている。眩しい光が,師匠の背中を照らした。
『止める事もできた。だがわしは,恥ずかしながら自分を,道場を守ってしまったのだ。』
『何故です?』
武部を知らない椿に,それは知るはずもない事情だった。
『それは‥。おっと,止めておこう。あんたには重すぎる話だ。』
『おっしゃって下さい,私は抄司郎さんの事,もっと知りたいんです。』
『椿さん,分かってくれ。本人が,直接あんたに言うまで。』
抄司郎は椿に全てを明かす筈だ。いや,明かさねばならぬ時が来ている事を,師匠は知っていた。
『兎に角,抄司郎を頼ってくれ。あいつなら大丈夫だ。わしの育てた子だからな。』
と,痩せた顔で笑った。
≠続く≠
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