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人斬りの花 22

[609]  沖田 穂波  2009-08-10投稿

3-9 香


抄司郎は毎日町へ出る。
武部の手下達の足取りを掴む為である。
それらしい人物は幾度か見かけたが,
幸い,椿の居る長屋の在処は知られていないらしい。手下は抄司郎に斬りかかって来ると言う訳でもなく,意外と平穏な日々を過ごしていた。

抄司郎はふと,出店の前で足を止めた。
そこには幾つもの,流行りものの髪飾りが売られている。その中の一つを手に取った。

― 椿色。

その鮮やかな色は他の物よりも美しさで秀でていた。

椿は長い髪を斜めに結っている。
それは自然と波のように靡き,更に椿の魅力に磨きをかけていた。
抄司郎はこの髪飾りを付けた椿を,無意識に想像していた。

美しい。

時々,椿のその姿を想像するだけで胸が苦しくなる。

『それを手に取るとは珍しい人だなァ。』

店主が,店の前でぼぉっと立っている抄司郎に言った。

抄司郎は,はっと我に返って尋ねた。

『なにがです?』

『この店を出して長い年月が経つが,未だこれを買った者は誰1人としていねェ。』

抄司郎は手元の髪飾りに目を落とした。

『決して悪い品物じゃないが‥。椿色。こいつは誰もが似合う色じゃねぇんだ。椿色が,自分を身に付ける主を選ぶとでも言おうか。』

『選ぶ‥?』

店主は抄司郎の顔を覗き込んだ。

『旦那,その様子じゃあ,こいつに相応しい女を知っているな?』

『‥。』

確かに椿の名の通り,この髪飾りが似合うのは椿以外考えられない。
店主の話を聞いて,尚かつそう思った。

『これァ相当な別嬪と見た。恥ずかしがる事ァねぇよ。金はいらねェ。哀れなこいつを,その人に差し上げてくれねぇか。こいつもやっと,自分の主を見つけたんだ。』

と,店主は抄司郎の手に髪飾りを無理やり握らせ,妙な微笑みまで見せた。
店主は,抄司郎の心の内を知っている。

― 惚れていやがる。

椿色の髪飾りを強引に押し付けたのも,
そんな抄司郎をからかったのだ。

『おや旦那,お顔が真っ赤だぜ?』

抄司郎は照れたように目を伏せた。

≠≠続く≠≠

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