人斬りの花 23
3-10 香
椿は師匠と共に,河原の長屋で抄司郎の帰りを待っていた。
『椿さんは,抄司郎に惚れているね。』
不意に師匠は言った。
椿ははっと顔を赤らめた。
『何ですか,急に。』
『いや,抄司郎を待っているお前さんのお顔が,幸せそうだからよ。』
椿は慌てて置いてあった手持ち鏡で自分を見た。
その時,
未だ消える事のない左頬の刀傷が目に止まり,そっと傷を手で隠した。
『こんな顔じゃ,人を愛する資格なんて,ありませんよ。』
どうやら椿には,頬の傷に何か苦い思い出があるらしい。
『椿さん,あの子が外見で人を判断するような人間だと思いますか。』
『‥分かりません。私,あの方の事,よく知らないんです。』
出会ってまだ間もないのだから無理もない。
だが椿が抄司郎に惹かれ始めているのは事実である。
『安心しなさい。』
『‥え?』
師匠は微笑んだ。
『今までに抄司郎があんなに必死になって守ろうとしているのは,わしが知る上では,あなた一人しかいない。』
『そうでしょうか‥。』
『そうだとも。あの子も,きっと‥』
その時,長屋の中に誰かが踏み込んだかと思うと,いきなり椿に向かって剣を振り上げた。
師匠はとっさに椿の前に立ち塞がり盾となり,
致命傷となる大きな一太刀をあびた。
『師匠さん!!』
椿は師匠の大量の返り血を浴ながら,
悲鳴混じりで師匠を呼んだ。
師匠は自分を呼ぶ椿の声を夢心地のように聞き,全身の力を振り絞って,
隅に置かれ埃を被っていた剣を抜いた。
≠≠続く≠≠
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