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からっぽ2

[751]  hiro  2009-08-30投稿
「ケンジ…。大丈夫?」
見知らぬ女が僕を見て話しかけてきた。
僕は病室のベッドで横になっていた。
「記憶をなくしてまで…」
女の目には涙が浮かんでいた。
悲しいのだろうか?
嬉しいのだろうか?
僕にはわからない。
「ケンジ……」
女は僕の右手を強く握りしめた。
僕は戸惑った。
「あ、あの…」
「どうしたの、ケンジ」
「あなたは、誰?」
僕がそう言うと、女は悲しそうな顔をした。
僕にはなにもわからなかった。
なにが、どうしたというのだろうか…。
「ケンジは、手術のお金のために、記憶をなくしたの…。話は全部、男の人から聞いたわ」
「手術…男の人…どういうこと?」
「やっぱり、なにも覚えていないのね」
「手術って、誰の?」
「……」
「もしかして、あなたの…?」
女は首を、横に振った。
「わたしは、あなたの母親なの」
僕はあまり驚かなかった。ある程度予感はしていた。
それにしても、さっきの話が本当なら、手術を受けた人は僕に礼を言いにくるべきではないのか…。
僕は、すべての記憶と引き換えにしてでも、その人のことを助けたかったのだろうか…。
そんな僕の思いを察したかのように母が言った。辛そうだった。
「実は、手術は失敗したの…。ケンジの大切なその子は、死んでしまったのよ…」
僕の胸に、なぜだか、悲しみが溢れだした。
「じゃあ僕は、なんのために記憶をなくしたんだ!!
もう、どうなっているんだ!!」
そうやって悲しみ嘆いている僕に、母が静かにささやいた。

「これから楽しい思い出をつくっていけばいいじゃないの」


僕のからっぽの頭に、母の優しい言葉が、はっきりと記憶された。
―終わり―

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